とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

志賀高原に須坂、松代を巡る(その1)

 昨年まで毎年夏になると、信州の高原へ学習合宿に行く娘を追いかけ、近くのペンションへ避暑旅行に出かけていた。今年はサークルの合宿で志賀高原へ行くと言う。志賀高原と言えば4・5年前、同じく学習合宿に行った宿泊先から「お嬢さんの頭痛がひどいので迎えに来てください」と電話があり、日帰りで往復したことがあった。その帰りに小布施に寄り、その後、ICに向かう車中から見た須坂の町並みが印象的で、いつかもう一度行きたいと考えていた。ついでに松代にも行きたい。「志賀高原で合宿? いいじゃないか。僕らも追いかけていこう。」と今年も週末一泊二日の強行軍ながら、ETC1000円でもあり(無料化するのはいつ?)、大喜びで出発した。
 カーナビでペンションをセットして朝の9時過ぎに出発。姨捨SAで昼食をとり、目的地に2時には到着、のはずが山ノ内町役場の前じゃないか。どうやらカーナビに入力された住所表記が不完全で役場までしか案内できなかったらしい。あわてて今後は電話番号でセットをしたら、さらに20km先を目的地として再表示。そりゃそうだよな。湯田中温泉の真っ只中にペンションがあるわけないもの。
 かつて通った記憶のあるワインディング・ロードをグングンと登っていくと、次第に空気も涼しくなり、エアコンを止めても窓からの冷風が寒いくらい。ペンションに行くには少し早いかなと焼額山のゴンドラに乗って暇をつぶす。それにしても夏の終わりの志賀高原は閑散として、ゴンドラを待つ人とてない。動き出せば山は白い霧に包まれ、次第に不安が募る。
 それでも終点で降りたら、10分ほどで稚児池の表示があり、中年女性のペアが戻ってきた。そのまま帰るのもつまらないので少し歩こうかと、熊除けのベルをならしつつ歩き出す。しばし歩いて尾根の四つ角からほんの1分先に稚児池が隠れていた。池を巡って木道が整備され、足元に白や黄色の高原植物が愛らしい花を咲かせていた。それまでの不安に比してほっとした心持ち。霧に煙った稚児池は幻想的で、時々霧が晴れると、池の向こうの木々が緑の色を取り戻す。川面に映える緑の小島も美しい。しばしまどろみ帰路に着く。
 ペンションは奥志賀高原にあって、泊まり客も少なく、やはり閑散としていた。志賀高原全体が冬のスキーがメイン・シーズンで、夏は学生等の合宿利用が中心らしい。まれに涼を求めて訪れる中年客はトレッキングが主目的で、うちのように足の悪い家族連れには適さないこと甚だしい。ペンションのオーナーもこれまで通った車山高原と比べると客あしらいがイマイチで、若干不満。
 翌日は9時過ぎにペンションを出発して発哺温泉のゴンドラ乗り場に向かう。実はろくに下調べもなしに向かったので、どこへ行ったらいいかわからず、高天ヶ原で稼働中のリフト乗り場でようやく当日の行動計画を決めた次第。それでも寂れた夏の発哺温泉、ゴンドラ乗り場もかなりくたびれていて、計画どおりに進むのかすごく不安。その不安を煽るように霧が濃くなり、反対側のゴンドラや支柱が霧の中からヌーッと姿を現す状況になる。どうしようか、大丈夫だよね。
 ところが東館山の山頂近くに上ったらすっきりと霧が晴れ上がり、眼下に高山植物園ときれいに整備された石畳が見えてきた。ああ、よかった。ゴンドラの終点から始まる高山植物園には、リンドウ、マツムシソウ、ワレモコウなど多種多様な花が咲きほこり、美しい景色が広がる。ヒカリゴケやコケモモなどの珍しい植物も見られ、風も涼しく、気持ちいい。高天ヶ原へのリフト乗り場までは下りばかりで20分。足の悪い妻には少し堪えたようだが気持ちよく歩ききった。帰りはリフトを乗り継いで、一気に発哺温泉まで。行きは不安だったけど、行ってよかった、来てよかったと思ったひとときでした。
 ということで、続きは明日報告します。