とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

ハヅキさんのこと

 短編集。全部で26編。うち「本」の掲載されたものが13編。「室内」が6編。その他が7編。その多くは、中年女性を主役にした「恋愛話」で、残りは(解説の柴田元幸氏のよれば)「他者遭遇話」である。
 柴田元幸氏はタイトルの「ハヅキさんのこと」がいいと言う。タイトルにするくらいだから、作者も気に入っているのだろう。中年教師の思い出話である。でも私としては、「島」がよかった。「森」もいい。
 川上弘美は私と同年代である。40歳後半から50歳にかけての中年の心持ちがよくわかる。50歳は熟年だろうか。でも未だ熟れきれていない。たぶん60歳になっても70歳になっても熟れないのではないだろうか。万年、中年。
 だから最後は来ない。いつも中途半端。いつも将来を夢見て、不安を抱き、今の安逸に溺れる。そんな中での恋であり、生である。だからいつも新鮮。もちろん10代の恋とは違う思慮と経験に裏打ちされた行動がある。
 そんな中年の人生を何気なく描く。作品集全体として、いい雰囲気である。

ハヅキさんのこと (講談社文庫)

ハヅキさんのこと (講談社文庫)

●私と鈴木くんとの恋は、私と鈴木くんにとってしか、意味がない。そう思ったとたんに、奈落の底に落ちてゆくようなへんな浮遊感がやってきた。きもちわるいんだか、きもちいいんだか、わからないような浮遊感。(P39)
●世の中、有用なものばっかり。もしかしたら、圭佑だけが、有用じゃないものだったのかも。そんなことをぼんやり思いながら、アイスコーヒーを飲んだ。(P99)
●「六十だったら、最後と思って心おきなく恋に走るでしょ。四十のころは、これまた今が最後と思って恋に走ったでしょ。でも、五十になると、四十が最後なんかじゃなかったこともわかるし、かといってほんとの最後まではまだまだ届かないこともわかるし、さ」(P121)