とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

86年W杯準々決勝 5人抜きドリブルと神の手ゴール

 マラドーナの5人抜きドリブルと神の手ゴールは、W杯の歴史を語る際には絶対に欠かせない伝説となった。このゲームは当時キックオフから観戦し、5人抜きドリブルを目の当たりにして強い衝撃を受けた記憶がある。ゲーム後は、神の手ゴール疑惑の方が大きくメディアで取り上げられていたような気がするのだがどうだろうか。しかしやはりこのゲームの圧巻は5人抜きドリブル。マラドーナを中心とするアルゼンチン・サッカーだ。
 序盤からとにかくマラドーナにつないでゲームを組み立てるアルゼンチン。8分、マラドーナのドリブル前進イングランドDFフェンウィックが堪らずファールを犯し、イエローカードをもらう。これが圧倒的なアルゼンチン・ペースを招き寄せた。12分、アルゼンチンのGKプンピドがスリップしてベアズリーのシュートをくらう場面があったが、前半にイングランドが放ったシュートはこれくらい。
 32分、マラドーナのFKがゴールを襲うと、36分にはマラドーナの3人抜きドリブルが見られる。技巧という点ではこちらの方がマラドーナらしさをよく見せていたと思うが、得点にならなければ伝説にはならない。
 このゲームを見ていて気がつくのは、アルゼンチンの選手がボールを保持する際に、細かくボールを触って微妙に位置を変えて相手の出方を探りつつプレーをすることだ。これはサッカー・ジャーナリストの後藤健生氏も書いていることだが、このゲームを見ているとそのことがよくわかる。メッシもボールを身体から離さず細かいボールタッチでドリブルをすることで知られるが、これはやはりアルゼンチンの伝統か。もっとも現在のアルゼンチンのゲームではあまりそう感じないので、グローバル化の中で国のアイデンティティは喪失しつつあるのかもしれない。少し残念だが。
 アルゼンチンの圧倒的な攻勢のまま、両者無得点で前半を終了した。後半に入っても同様の展開。6分、マラドーナが中盤でのドリブルから右にはたくとバルターノがクロス。これがDFに当たって山なりのボールがGKの前に飛ぶと、マラドーナが飛び込んでゴール。伝説の神の手ゴールだ。
 当然、イングランドの選手たちは猛烈な抗議をするのだが、意外に短い時間で次のキックオフが始まった。当時はそういう時代だったのかどうか。実況解説でも岡野氏が言っているが、ここまでのゲーム展開を考えれば「判定勝ち」として認められた得点だなあと感じた。
 その直後の9分、それは始まった。センターラインよりも深い位置で後ろ向きでこぼれ球を拾ったマラドーナが振り向きつつイングランドの包囲網をかいくぐると、前方は広く開けていた。途端にスピードアップ、立ちはだかろうとするDFをヒラリヒラリとかわしてゴール前へ。最後はGKをかわし、後ろからのタックルに倒れ込みながらゴールの中にボールを転がし込んだ。
 「マラドーナマラドーナマラドーナ!」と連呼する山本浩アナウンサーの実況が有名だが、ここまでの実況でもマラドーナがボールを持つと名前を呼ぶだけのことが多かった。他の選手に至っては名前すら出てこないことも多いので、アナウンサーが今のようにサッカーをよく知っているという時代ではなかったのではないか。次に何をするか予測がつかないマラドーナのプレーは名前を呼ぶ以外の実況はできなかったのではないかと思う。
 この2得点でアルゼンチンは勝利に向けて守りに入る。反対にイングランドが攻め上がるようになってくる。16分、CKからホドルがクロスを上げ、ベアズリーがシュート。23分にはホドルのFK。GKがファインセーブ。31分にもFKからブッチャーがヘディング・シュート。アルゼンチンは必要以上に時間を使い、倒されればなかなか起き上がらず、GKもボールを蹴らない。今であれば即イエローカードが出るところだが、当時はまだ寛容だった。いや、より自然でマリーシアがあった。
 36分、ホッジからバーンズが上げたクロスにリネカーが飛び込み、イングランドが1点を返す。途端にアルゼンチンの動きが良くなり、マラドーナのドリブルからタピアのシュートがポストに当たる。これがゴールになれば楽だった。43分、バーンズのクロスに再びリネカーが飛び込むシーンがあったが、惜しくも得点にならないと、後はアルゼンチンが上手にゲームを締めくくった。
 5人抜きドリブルと神の手ゴール。確かにこの2つがこのゲームの大きなシーンであることは変わりはないが、終始ゲームをコントロールし続けたアルゼンチンの戦い方もまたこのゲームを伝説に値するものにしていると言える。やはり名勝負は面白い。