とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

オシム 勝つ日本

●あのままオシムジャパンが続いていたら、いったい日本はどんなチームになっていたのだろうかと、思わずにはいられない。・・・フィジカル(走力)と組織力、戦術的ディシプリンで相手を圧倒するサッカー。ジェフ千葉がそうしてJリーグを席巻したように、スピーディで華麗なパスワークで、アジアばかりか世界でも勝つ日本を、オシムならば作りえたのではないか……。(P8)

 「プロローグ」冒頭に書かれた一文である。今夜いよいよワールドカップ南アフリカ大会が始まる。日本代表の活躍を願うサッカー・ファンの多くが同様の思いを感じているのではないか。オシムの離脱は日本サッカーにとって本当に大きい痛手だった。南アフリカ大会はもちろん、その後の日本サッカーにとっても。オシムであれば。心の底からそう思う。
 何とかワールドカップ開幕に間に合わせて読み終えた。「勝つ日本」というタイトルがよくない。意味がわからなかった。たぶん冒頭で引用した一文から抜き出した言葉ではないか。
 数ページのプロローグとエピローグ以外、ほとんどオシムの言葉が綴られている。筆者の田村さんはパソコン通信時代からniftyのフォーラム以来おなじみの方であり、このような本を出版するようになって非常にうれしい。エピローグには出版に至るオシムとのやり取りがいくつか紹介されている。考え努力するジャーナリストの一人としてオシムに愛され認められていることがよくわかる。だからこそのインタビューなのだろう。
 内容は幅広く深い。一方で、先に読んだ「考えよ!」と重複する事柄も多く散見される。「考えよ!」はオシム執筆となっているが、そんなわけはなく、インタビュー集だろう。どうして重複するのかわからないが、盗用、若しくはインタビューの使いまわしか? しかし本書の方が原本だ。オシムが二度も同じ内容を話し、インタビューに応じるとは考えられない。
 「エピローグ」に「オシム語録」のことが書かれている。「有名だが、断片的で逸話的」であり、「全体像がなかなか見えてこない」と書かれているが、その場その場で語られたオシムの言葉の数々は確かに断片的ではあるが当意即妙で生きている。一方、長時間のインタビューでは、全体は見えるが言葉自体の臨場感はやや乏しい。
 それでもオシムの哲学、サッカー観はよく現れている。オシムは、自身よく言うように努力と勉強の末、独自のサッカー観に至り、自分の人生を生きている。そのことがよくわかる。まだ生き続けている。そして前進している。
 これからオシムがどんな人生を歩むのかはわからない。今後も日本のことを気にかけてくれるのか。それとも日本以上に注目するチームや国と出あい、そこに新たなオシムサッカーを描いていくのか。それがオシムが思い描く、今はなきユーゴスラビア・サッカーであれば言うことがないのだが。
 W杯特集の一つとして、連日深夜、サッカー関連の「世界ドキュメント」が再放送されている。一昨日には「引き裂かれたイレブン〜旧ユーゴのサッカー選手たち」が放送されていた。1990年5月のクロアチアでのマクシミル事件(ボバンのキックのシーン)から、1992年のオシムの代表監督辞任会見、墓碑が並ぶボスニアの競技場、そして2000年のクロアチア独立後初のクロアチアユーゴスラビア戦まで。ボバンを始め、サビチェビッチミハイロビッチ、そしてもちろんオシムへのインタビューも豊富に集められ放映されていた。もちろん保存版として録画したが、改めてオシムの悲惨で劇的な人生を思う。
 本書を読みつつ、オシムを思う。オシム・ジャパンであればとまた思う。しかしいつまでもそんなことを考えても詮ないこと。今を受けいれ、明日の日本サッカーを見ていこう。オシムが本書を通じて言っていることも要するにそういうことだ。「責任を持って自分の人生を生きよ」と。

オシム 勝つ日本

オシム 勝つ日本

●数ある英国製品のなかでも最も英国的なものがサッカーであり、ベントリーやロールスロイスと同様に、高いクオリティを誇る輸出製品でもある。だからイギリス人は、スコッチウィスキーを守るようにサッカーも保護する。/イングランドにおいては、サッカーは民衆の文化であると同時に制度として根づいている。つまりサッカーは、社会問題を鎮静化する社会政策でもある。サッカーとともに生きていくことで、さまざまな問題が解決される。社会を安定させるために、為政者たちはサッカーを社会システムの中に組み込み、サッカーをうまく利用している。(P155)
●実生活において、われわれが必要とするさまざまなものをサッカーは与えてくれる。常にコレクティブに生き、いいときはもちろん困難なときも、仲間とともに生きる。どんなときでも、ともに生きる。/自分にはできないことを行える仲間が傍らにいれば、自分自身も強い性格になれる。それは実生活においても必要なことだ。自分の野心や欲望をコントロールできなければ、生きていくことはとても難しい。そうしたことを、われわれはサッカーから学べる。(P176)
●もしかしたら未来のサッカーでは、GKが違いを作り出す選手になるかもしれない。GKは最後尾に構えてすべてを見渡し、中盤まで攻め上がって自由にパスが出せる。キック力もあるからFKも蹴れる。ヘディングでも頼りになるだろう。(P246)