とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

デフレの正体

 藻谷さんがまたやってくれました。愛知県東海市太田川駅前を「好景気にも関わらず閑散な駅前の代表」として取り上げてくれた。かつて、刈谷市を「日本で最も元気な街の最も悲惨な中心市街地」として紹介したように。藻谷さん、愛知県が大好きですね。そしてこの事例から入って、日本のデフレの原因は「生産年齢人口の減少である」と喝破する語り口は非常にわかりやすく説得力がある。
 講義形式で、全11講+補講。前半の第8講までは、貿易収支額や個人総所得などの統計数字を元に、現実の日本経済の姿を明らかにする。周辺諸国の好調に伴い、実は空前の貿易黒字を上げている国際経済競争の勝者としての日本。その一方で、国内新車販売額や小売販売額、水道使用料まで減り続ける日本の内需の衰退。特に第4講で明らかにする「地域間格差」の実態は驚きに値する。個人所得や従業員数、小売販売額等で見て、日本中で一番元気な県は実は沖縄県であり、青森県島根県である。首都圏が最も高齢者増加が激しく、内需も大きく落ち込んでいる。そしてその原因は「生産年齢人口の波」。
 これは個人的にも実に納得できることであり、数年前に過疎の町で働いていたとき、年代別人口いわゆる人口ピラミッドを作成したとき、団塊の世代が極端に少ないことを発見した。つまり過疎の町には都心で危惧するような高齢化の波は訪れないということであり、実は都市部ほど今後悲惨ではないのかと訝ったことがある。これをまさに日本全国の数字で示した話。
 第7講以降では、「生産性」の嘘を指摘し、既往の経済対策がなぜ効果を発揮しないのか。「インフレ誘導」や「技術革新」「少子化対策」「移民受入れ」等では経済回復しないことを説明する。
 そして第9講以降、3つの処方箋を提示する。一つは「高齢富裕層から若者への所得移転」。2つ目に「女性の就労促進」。そして3つ目が「外国人観光客・短期定住者の受け入れ強化」である。さらに補講では、大胆な提言を3つほど上げている。「生活保護の充実」「生年別共済制度」「公営住宅と持家対策の2段階方式で成功した戦後の住宅政策を見習った医療福祉制度の構築」である。
 「生年別共済制度」はかなり可能性がある魅力的な制度のように映る。「医療福祉制度の再構築」は、理念としては理解するが、現状の住宅政策の閉塞感を考えると、現実の制度構築はなかり難しそうだ。しかしいずれにせよ、こうした具体的な提案は大歓迎だ。地に足のついた具体的な現状分析と具体的な提案。藻谷氏の面目躍如の一冊と言える。

PS.
 経済学者の池田信夫氏が「老人大国の憂鬱−『デフレの正体』:アゴラ」で、この本を「よくも悪くも常識的な本だ。間違ってはいないがオンリーワンではない。」と切り捨てている。☆2つの評価。経済学者としては目新しいところはないということのようだが、「資本市場と労働市場の活性化によって企業の新陳代謝を進めないと、成長率は上がらない。」というのは、藻谷氏が批判する「成長率主義」に自ら陥っているのではないか。「成長率も重要だが、内需拡大が最大の課題だ」というのが藻谷氏の最大の指摘であり、その部分で回答をしていない池田氏はやはり「気を付けて読まなければ信用できない」という印象を持つ。

デフレの正体  経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)

デフレの正体 経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)

●習い性と申しますか、日本人は自分のことを、「ご近所のブルーワーカー」「派遣労働者」だと思い込んでいます。「賃料の安い仕事が得意だったのに、それを周辺の新興国に奪われてジリ貧になっている」と、勝手に自虐の世界にはまり、被害妄想に陥っている。ところが実際は日本は「ご近所の宝石屋」なのです。宝石屋なので、逆にご近所にお金がないと売上が増えません。ご近所が豊かになればなるほど、自分もどんどん儲かる仕組みです。(P45)
●首都圏や愛知県といった産業地域には、30年代後半生まれの方々が、高度成長期の前期に中卒の「金の卵」として大量に流れ込みました。だから、00-05年の間に65歳を超えて行った人が多い。若者を出す側だった地方よりも、受け入れる側だった首都圏の方が、より急速な高齢者の激増に直面しているのです。(P108)
●近代経済学もマルクス経済学も、労働と貨幣と生産物(モノやサービス)を基軸に構築されてきた学問です。ですが現代の先進国において絶対的に足らないもの、お金で買うこともできないのは、個人個人が消費活動するための時間なのです。/最も希少な資源が労働でも貨幣でも生産物でもなく実は消費のための時間である、というこの新たな世界における経済学は、従来のような「等価交換が即時成立することを前提とした無時間モデル」の世界を脱することを求められています。(P174)
●我々は日本を見限って脱出すべきなのではない。日本のこの状況に耐えて、対応する方策を見出して、遅れて人口成熟する中国やインドに応用していくべきなのです。アジアに低価格大量生産品を売り続けるのではなく、日本で売れる商品を生み出し、日本で儲けられる企業を育てることで、高齢化するアジアに将来を示す。これが日本企業の使命であり、大いなる可能性なのです。(P201)