とんま天狗は雲の上

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ヒトはどうして死ぬのか

 細胞レベルの「死」には3つ種類があると言う。いわゆる事故死に相当する「ネクローシス(壊死)」、寿命が尽きて死に至る「アポビオーシス(寿死)」、そして遺伝子のプログラムにより自ら死んでいく「アポトーシス自死)」である。前二つは生物個体にも当てはまる死であるが、アポトーシスは細胞レベルで見られる統制された死であり、この仕組みがあるからこそ、生物は生存し、進化してきた。
 本書では特に、アポトーシスに焦点を当て、その役割や医薬品開発における活用について紹介されている。最終章「『死の科学』が教えてくれること」では、「死」は「生」と表裏をなすものではなく、「性」と組み合わさることで、進化、遺伝、生存が担保されていることを説明する。
 最後では、「死」があるからこそ「生きるとは何か」「自分とは何か」が見えてくると言い、また、「死」を内包した遺伝子の利他的なふるまいから、私たちも究極的には「他」のために生まれてきたと言う。「死」「生」「性」は荘厳な生物のドラマである。

ヒトはどうして死ぬのか―死の遺伝子の謎 (幻冬舎新書)

ヒトはどうして死ぬのか―死の遺伝子の謎 (幻冬舎新書)

アポトーシスの役割は、大きく2つに分けて考えることができます。一つは、・・・個体の完全性を保つ「生体制御」の役割。個々の細胞が個体全体を認識し、アポトーシスによって不要な細胞が自ら死んでいくことが個体を個体ならしめています。そしてもう一つが、・・・異常をきたした細胞をアポトーシスの発動によって消去する「生体防御」の役割。つまりアポトーシスは、細胞自らが死んでいくことによって、個体を守る機能を果たしているのです。(P47)
●「性」によって遺伝子のシャッフルを行うことで、有性生殖を行う生物の子孫は、常に新しい遺伝子組成を持つことができるようになりました。・・・「性」によって、生物はより柔軟な適応力の高い個体をつくり出す力を獲得できたわけです。/しかし、ランダムな遺伝子の組み換えによって新しい遺伝子組成を持った受精卵は、必ずしもすべてが望ましいものであるとは限りません。・・・”不良品”をスムーズに排除する仕組み−それを獲得するために遺伝子にプログラムされたのが、「アポトーシスを起こす力」と考えられるのです。(P142)
●さらに、アポトーシスは、生物がさまざまな種へと進化していく原動力の裏付けとなったのではないかと考えられます。・・・生物が有利な突然変異を進化の原動力として取り込むのであれば、大前提として「その突然変異が優れたものかどうか」を選別する能力が備わっていなければならないでしょう。この「選別する能力」とは、言い換えれば「望ましくない突然変異を起こした受精卵が自ら死んでいく力」です。/生命が進化する過程で獲得した「死の遺伝子」は、種を存続させると同時に、突然変異による多様な種の起源を担保する役割も負ってきたのでしょう。(P143)
●老化した個体が生き続けて若い個体と交配し、古い遺伝子と若い遺伝子が組み合わされれば、世代を重ねるごとに遺伝子の変異が引き継がれて、さらに蓄積していくことになるでしょう。もしこのようなことが繰り返されると、種が絶滅して、遺伝子自身が存続できなくなる可能性もあります。/この危険性を最も確実かつ安全に回避する手段は、古くなってキズがたくさんついた遺伝子を個体ごと消去することです。(P145)
アポトーシスとアポビオーシスという「死」が二重に組み込まれていることで、確実に個体が死に、古い遺伝子をまるごと消去できる−この二重の死の機構が、次世代、その次の世代へと続く生命の連続性を担保しているのでしょう。(P146)
●「性」による「生」の連続性を担保するためには「死」が必要であり、生物は「性」とともに「死」という自己消去機能を獲得したからこそ、遺伝子を更新し、繁栄できるようになったのです。(P147)