とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

極北クレイマー

 待望の文庫本化である。今回の舞台は札幌から1時間、レジャー施設やスキー場、公設ホテル等の野放図な経営により財政破綻の危機にある極寒の街、極北市。その極北市立病院に赴任した非常勤にして外科部長の医師・今中と市立病院を巡る人々により繰り広げられる医療訴訟と自治体病院経営等に関する問題を描く。
 財政再建団体となった夕張市で医療・介護サービスに取り組む村上医師が書いた巻末の「解説」では、夕張市での経緯を写し取ったノンフィクションに近い作品だと思ったと書かれている。海堂氏は半日ほどの取材をベースに想像力を膨らましたフィクションだと答えたそうで、逆にフィクションが夕張で現実になっていたことの方に驚く。
 市長や病院長、医師たち、病院事務局長、看護師たち、市役所の職員など、多分に戯画的に描かれており、これがそのままノンフィクションとは思わないが、村上氏たちは「このモデルは誰それ」と当てはめたというから面白い。
 小説の序盤は、極北市立病院と関係者の怠惰でどうしようもなく機能不全な状況をこれでもかと描いており、若干飽きてくるが、唯一献身的な産婦人科医・三枝の医療死亡案件をつけ狙う医療ジャーナリスト西園寺さやかの登場で俄然物語が進み始め、市長らのドタバタ劇が面白くなる。
 明らかに医療ミスではないはずの事故が、警察庁返り咲きを狙う極北市警察署長により告発され、三枝医師の逮捕。私立病院閉鎖が宣告されると同時に市長が倒れて死亡。総務省による財政再建団体の指定。最後の最後で急展開して、病院再建の専門家・世良の登場で物語は閉じられる。
 三枝医師、清川准教授らの「ジーンワルツ」につながる登場人物に加え、「ジェネラルルージュの凱旋」の速水医師までちら見で登場する。このあたりも見事。最上傑作ではないけれど、海堂ワールドを構成する作品群の一つとして欠かせない作品の一つだ。

極北クレイマー 上 (朝日文庫)

極北クレイマー 上 (朝日文庫)

●ジャーナリストはリスクを冒さず、安全地帯から騒ぐ野次馬よ。サポーターと同じ。サッカーの神になったつもりでも、リフティングひとつできない。(下P62)
●我々医師を守ることは医療を守ることで、それは最終的に市民社会を守ることです。医療を敵視しても何も生まれない。司法と報道と行政、三位一体となった彼らは一体何を目指し、私たちを攻撃するのか。(下P191)
●官僚主導の改革の真の目的は、自らの失政の目くらましにすぎなかったわけだ。彼らは市民社会の安寧を破壊することで官僚世界への共依存を維持し続け、自らの反映のみを目指した。(下P230)
財政再建団体となり、医療機関も破綻した現場にいる私には、この現状は医療も地域経済も高度成長時代の豊かで恵まれた夢を捨てきれずに先送りしてしまい、だれも責任を取らない無責任な構造が生んだ必然の様に感じている。この作品はそんな今の日本全体が抱えている問題を表現しているのかもしれない。(下P236)