●ビーティのこの本は、サッカーについてだけでなく、英国という国を描いている。細い通りを歩いていくと、必ずと言っていいほどサッカースタジアムに行きあたり、もうしばらく歩くとまた別のスタジアムがあり、サッカー以外には何もない、魅力にとぼしい英国の地方都市について書かれた本である。(P10)
「サッカーの敵」で有名なジャーナリスト、サイモン・クーパーが序文に書いた言葉である。英国とサッカー。この切っても切れない関係を、ダービーマッチと言われるチーム同士の関係に注目して描いた好著である。
取り上げるダービーマッチは、シェフィールドのシェフィールド・ウェンズデイ対シェフィールド・ユナイテッドに始まって、バーミンガムのアストン・ヴィラ対バーミンガム・シティ、アーセナル対トッテナム・ホットスパーのノースロンドン・ダービー、マンチェスター・ユナイテッド対マンチェスター・シティのマンチェスター・ダービー、リヴァプール対エヴァートンのマージーサイド・ダービー、グラスゴーのセルティック対レンジャーズ、ハイバーニアン対ハート・オブ・ミドロシアンのエジンバラ・ダービー、そしてニューカッスル対サンダーランドのタイン・アンド・ウィア・ダービーの8つ。
ノースロンドン・ダービーやマンチェスター・ダービー、セルティック対レンジャーズのオールド・ファームは有名だが、タイン・アンド・ウィア・ダービーやエジンバラ・ダービーはよく知らなかった。
ダービーマッチと言ってもしょせん同じ街のチーム同士のライバル関係だと思っていたが、それぞれのチームがここまで深い因縁のライバル・チームとなった背景は、8つのダービーマッチでもそれぞれだいぶ状況が異なる。
ノースロンドン・ダービーは、アーセナルの強引な本拠地移転が背景にあり、さらに戦後(ちなみに本書で戦後とは大抵の場合、第一次世界大戦を指す)のリーグ再開時に当時2部下位チームのアーセナルを強引に1部リーグに引き上げたあおりを食ってトッテナムが2部に降格させられたという歴史が憎悪を煽った。
マンチェスター・ダービーにはミュンヘンの悲劇がきっかけとなり世界的な同情を集めた結果、世界的なクラブになったユナイテッドへの羨望とアイデンティティが複雑に絡み合っている。これはマージーサイド・ダービーでも同様だ。だが、リヴァプールとエヴァートンの両チームには青と赤のユニフォームが混ざり合って観戦するという他のダービーマッチにはない友好関係も見られると言う。
セルティックとレンジャーズはカトリックとプロテスタントの対立と言われているが、同時に、アイルランド移民がプロテスタント労働者の賃金を下げ、仕事を奪う雇用問題がある。これはリヴァプールとエヴァートンも同様だ。サンダーランドとニューカッスルのタイン・アンド・ウィア・ダービーには、造船と石炭の街同士の産業上のライバル関係が背景にある。タイン川とウィア川に面する二つの街は、市街地はほとんど接して連続しているという。さらにエジンバラ・ダービーには、王党派、議会派の中世にさかのぼる政治対立が背景にある。
そしてそれぞれのダービーには過去に根差した対立に加え、ゲーム結果や選手の移籍に伴う新たな歴史が積み重ねられていく。過去からの思いだけでくすぶってきた対立意識は、いざ数十年ぶりの対戦となると、いやが上でも燃えさかる。
こうしたダービーマッチならではのファンの思いや行動が8つのダービーマッチを通じて多方面から描き出されている。実に面白い。英国のダービーマッチには、サッカーのゲームだけでは語り切れない深い因縁が隠れている。それはまさに英国の歴史と現代社会そのものと言える。
- 作者: ダグラスビーティ,Douglas Beattie,実川元子
- 出版社/メーカー: 白水社
- 発売日: 2009/09
- メディア: 単行本
- 購入: 1人 クリック: 28回
- この商品を含むブログ (9件) を見る
●ウェンズデイはつねに、伝統を重視し、資金が潤沢で、地元の政治家と国のサッカー協会との間に太いパイプがあるクラブだった。・・・対照的にユナイテッドは、何かと問題を起こす弟分という役割をふられた。ウェンズデイにはあこがれるが、ユナイテッドを応援する、というのが長くユナイテッドのファンの気持だった。(P25)
●バーミンガム・シティがアストン・ヴィラと肩を並べるほど成功したことがない、という事実にサポーターがかりかりくるのはよくわかるが、だからこそクラブは街の労働者階級というニッチな層をファンとして取り込んで大きくなってきたのだ。(P64)
●リヴァプールとエヴァートンはリーグカップの決勝戦に進み、初めてウェンブリーで戦うことになった。スタジアムには十万人が詰めかけた。・・・試合はスコアレスドローに終わったが、試合後の光景が今でも人々の記憶に刻まれている。選手から呼びかけがあったわけではないのに、スタンドでは青と赤のスカーフが結びあわされ掲げられた。そして二つのライバルクラブがともに喜びにあふれた合唱をいつまでも歌い続けたのだ。「マージーサイド、マージーサイド」と。(P168)
●世界中のサッカーファンがオールド・ファームについて語る口調には、それでもいまだに畏敬の響きがあるし、いつかその「独特の雰囲気」を体験してみたいものだ、という人が引きも切らない。サッカーの質が高いからではなく、オールド・ファームの試合につきものの激しい激しい憎悪に触れたいからだ。サファリや険しい山の登山みたいに、危険と隣り合わせの興奮を経験してみたいのだ。(P256)
●ハイブスがあの紋章の入ったバッジをつけるのは、自分たちがエジンバラのクラブであるというアイデンティティを獲得するのに苦労しているからだと私は思いますよ。われわれはハーツこそがこの街のクラブであると考えています。もし『エジンバラ』とバッジに入れたら、『やれやれ、なんだかさもしくないかい』と思ってしまうでしょうね。(P281)