とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

わたしを離さないで

 今だからなのか、本書を読みながら、フクシマ原発事故による放射線汚染のことを思い出してしまった。もしくは宗教原理主義アメリ覇権主義との戦い。
 臓器移植の提供をすべきクローンとして生まれ育てられた主人公たちは、そうとは知らず、提供者と介護人という人生を苦悩しつつ歩んでいく。真実を知らせず、管理する世界。真実を知らせようとした教師は解雇され、しかし保護をしつつ、人権拡大に努める人たち。だがその努力も報われず、施設は閉鎖される。
 クローンと言えども普通の人間と何ら変わることなく、恋愛し、喧嘩し、生きる。だが知らされない真実の影は確実に彼らを蝕み、追い詰めていく。そして一人、また一人と提供の義務を終え、帰らぬ人になっていく。
 提供者として幾人もの親友や恋人を送りだした介護人キャッシーの独白の形で進められる文章は、抑制的で美しい。だが、そのやさしい語り口の中に、悲痛な人生が綴られていく。カズオ・イシグロという作家に途端に興味がわいた。続いて何作か読んでみたいと思う。

●あなたの人生は、決められたとおりに終わることになります。・・・わかりますよ、トミー。それじゃチェスの駒と同じだと思っているでしょう。確かに、そういうふうに見えるかもしれません。でも、・・・世の中とは、ときにそうしたものです。受け入れなければね。人の考えや感情はあちらに行き、こちらに戻り、変わります。あなた方は、変化する流れの中のいまに生まれたということです。(P406)
●ルーシーは理想主義者でした。それ自体は悪いことではありませんが、現実を知りませんでした。・・・保護することがヘールシャムの運営理念でした。それは、ときに物事を隠すことを意味しました。嘘もつきました。そう、わたしたちはいろいろな面であなた方をだましていました。・・・でも、ヘールシャムにいる間、わたしたちは生徒を保護しました。(P409)
●科学が発達して、効率もいい。古い病気に新しい治療法が見つかる。すばらしい。でも、無慈悲で、残酷な世界でもある。そこにこの少女がいた。目を固く閉じて、胸に古い世界をしっかり抱きかかえている。心の中では消えつつある世界だとわかっているのに、それを抱き締めて、離さないで、離さないでと懇願している。(P415)