とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

村上春樹 雑文集

●お正月の「福袋」を開けるみたいな感じでこの本を読んでいただければと、著者は希望してます。袋の中にはいろんなものが入っています。気に入るものもあれば、あまり気に入らないものもあるかもしれません。それはまあしょうがないですね。福袋なんだから。(P15)

 と「前書き」に書かれている。まあ確かに読んでいてもイマイチ乗り切れない、というか村上春樹の高揚感についていけない作品もある。特にジャズに関するものや翻訳本のうち読んでいない作家に関するものはどうしてもつまらない、退屈になってしまう。
 面白いのは、あいさつ。エルサレム賞受賞時のあいさつ「壁と卵」は有名だが、群像新人文学賞受賞時などの初期のものも秀逸だ。それと一番最初に掲載されている大庭健氏の著書「私という迷宮」の「解説みたいなもの」として書かれた「自己とは何か(あるいはおししい牡蠣フライの食べ方)」はいい。これを一番最初に置いたのは絶対に意図したものだと思う。
 初めの方にどちらかと言えば堅めの雑文が多く、後半は力の抜けた作品が多い。それも作戦かな。短いフィクションが3編載り、最後は「小説を書くということ」で締める。なかなかやるなという構成。
 ちなみに最後の安西水丸和田誠の対談は蛇足ですね。これもまた村上春樹の人となりを示していて面白い。

村上春樹 雑文集

村上春樹 雑文集

●良き物語を作るために小説家がなすべきことは、ごく簡単に言ってしまえば、結論を用意することではなく、仮説をただ丹念に積み重ねていくことだ。我々はそれらの仮説を、まるで眠っている猫を手にとるときのように、そっと持ち上げて運び・・・物語というささやかな広場の真ん中に、ひとつまたひとつと積み上げていく。・・・読者はその仮説の集積を・・・自分の中にとりあえずインテイクし、自分のオーダーに従ってもう一度個人的にわかりやすいかたちに並び替える。・・・それは別の言い方をするなら、精神の組成パターンの組み替えのサンプルでもある。そしてそのサンプリング作業を通じて、読者は生きるという行為に含まれる動性=ダイナミズムを、我がことのようにリアルに「体験」することになる。(P19)
●かおりさん、ご結婚おめでとうございます。僕もいちどしか結婚したことがないので、くわしいことはよくわかりませんが、結婚というのは、いいときにはとてもいいものです。あまりよくないときには、僕はいつもなにかべつのことを考えるようにしています。でもいいときには、とてもいいものです。いいときがたくさんあることをお祈りしています。お幸せに。(P74)
●翻訳作業を通して、僕は大事なことを数多く学んだ。彼らから学んだもっとも大事なものは、小説を書くということに対する姿勢の良さだったと思う。そのような姿勢の良さは、必ず文章に滲み出てくるものだ。そして読者の心を本当に惹きつけるのは、文章のうまさでもなく、筋の面白さでもなく、そのようなたたずまいなのだ。(P299)
●音楽にせよ小説にせよ、いちばん基礎にあるものはリズムだ。・・・僕はリズムというものの大切さを音楽から・・・学んだ。それからそのリズムにあわせたメロディー、つまり的確な言葉の配列がやってくる。・・・そしてハーモニー、それらの言葉を支える内的な心の響き。その次に僕のもっとも好きな部分がやってくる―即興演奏だ。特別なチャンネルを通って、物語が自分の内側から自由に湧きだしてくる。僕はただその流れに乗るだけでいい。そして最後に、おそらくいちばん重要なものごとがやってくる。・・・高揚感だ。そしてうまくうけば、我々は読者=オーディエンスとその浮き上がっていく気分を共有することができる。それはほかでは得ることのできない素晴らしい達成だ。(P352)