とんま天狗は雲の上

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ローマ人の物語 ローマ世界の終焉

 「ローマ人の物語」文庫版の最終巻が刊行された。ついにローマ帝国、イタリア・ローマを含む西ローマ帝国が滅亡する。タイトルの「ローマ世界の終焉」は、ローマ帝国だけでなく、ローマという地域における国家システム、ロムルス王による王政から始まって、共和制となり、帝国となって、最後はローマ帝国が滅亡し、蛮族の支配による時代となってもなお、筆者が「ローマ世界」と呼ぶ統治体制、すなわちローマ人だけでなく、たとえ蛮族であってもローマ世界の一員として、共生し統治していくという政治思想が終焉したことを表している。
 「西ローマ帝国が滅亡」と書いたが、実際には「消滅」と言った方が適当だ。何と言っても、ローマの住民ですら、滅亡したことに気づかなかったと言うのだから。そしてローマ帝国が滅亡した後もしばらくは蛮族たちによってローマ式の共生的な統治が続けられていく。
 この蛮族の統治による平和「パクス・バルバリカ」を壊したのもローマ人、正確には東ローマ帝国であった。ローマの実情など見えなくなった東ローマ帝国皇帝に翻弄される形でローマの命運は一将軍に委ねられ、そして壊滅する。
 「読者に」と銘打たれた「あとがき」で、1〜5巻は高度成長期、6〜10巻が安定成長期に例えている。そして皇帝がたらいまわしにされる帝国末期を「一国の最高権力者がしばしば変わるのは、痛みに耐えかねるあまりに寝床で身体の向きを始終変える病人に似ている」と皮肉っているが、まさか今の日本がこの時期に当たるということはないだろう。が、かなり危ういという自覚も必要だ。
 塩野七生の冗長な文章は必ずしも好きではなかったが、何年もかけてようやく読み終えたとなると、それはそれで感慨も深い。ローマの歴史は人類史で繰り返されてきた歴史の一つであるとともに、他に一つとしてない歴史でもある。ローマ世界最大の教訓は「共生」だろう。それこそは国家レベルだけでなく、日々の生活においても最大の教訓でもある。

ローマ人の物語〈41〉ローマ世界の終焉〈上〉 (新潮文庫)

ローマ人の物語〈41〉ローマ世界の終焉〈上〉 (新潮文庫)

●経済力の低下は人口の減少につながる。まず、やむをえず結婚できない人が増える。それはイコール、出生率の低下につながる。・・・また、入浴を歓迎しないキリスト教の普及によって肉体を清潔に保つ生活習慣も失われていたので、・・・病気で死ぬものが増えていた。・・・2世紀には150万はいたと言われる首都ローマの人口は、4世紀に入る頃にはすでに半減していたのが、その世紀末ともなるとさらに減り、30万には近づいていたであろうと、研究者たちは推測している。(上P106)
●国の内外ともに、ローマ人の言葉を使えば「セクリタス」が保証されてこそ、「パクス」になるのである。「パクス・ロマーナ」の真の価値はここにあった。これが過去になった時代に生きることになってしまった人々にとっては、「セクリタス」も「パクス」も、自分自身で保証するしかなかったのだ。/「共同体」と「個人」の利害が合致しなくなることも、末期症状の一つであろうかと思ったりしている。そして、公共心も、個人が、自分の利害と自分が属す共同体の利害は連動する、と思えた場合に発揮されるものではないか、と。(上P114)
●一国の最高権力者がしばしば変わるのは、痛みに耐えかねるあまりに寝床で身体の向きを始終変える病人に似ている。・・・東ローマ帝国に問題がなかったのではない。問題は西方と同じに多かったのだが、それに対処する人が腰を落ちつけて対処できた利点は大きかった。現代的に言えば、政局安定である。(中P166)
●借地料を払わねばならなくなった以上、以前のように空地にしておく余裕はない。また、減少していた人口も、減少したからこそ現にいる人を、活用する気にもなってくる。こうして、イタリア半島全域の人と耕地の活性化が進んだことで、当然ながら生産性も向上し、「蛮族による平和」のおかげで農産物の流通も回復していたので、イタリアの経済は再び上向きに変わったのである。減少する一方であった人口まで、2世紀ぶりに上向きに変わったという。「平和」が、人間社会にとっての究極のインフラストラクチャーであることの証しであった。(下P81)