とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

氷山の南

 池澤夏樹という作家には少し前から興味を持っていた。これまで一冊も読んだことがない。名前からして少し気障だ。作品もかなりカッコいいらしい。作家・福永武彦の息子。そうなのか。
 新聞の書評欄に取り上げられており、図書館で予約した。中日新聞で2009年9月から1年間連載されていた。新聞連載らしい小説なのだろう。全体として大きな物語はあるのだが、読みやすい小さなエピソードがいくつも重ねられ、物語が進んでいく。
 オーストラリアの砂漠地帯の水不足を解消するため、南極から氷山を曳航してくる。そんな大プロジェクトを企てる船に密航した少年、ジン・カイザワ。密航早々に見つかって、炊事係兼船内新聞の記者の役割を与えられる。スタッフやクルーに愛され、順調に船内生活を送る。
 氷山曳航計画を快く思わない信仰集団のアイシストたち。アイヌの血が混じるジンとアボリジニのジョンとの交友。本書のテーマの一つが信仰であり、自然との交流であり、人は自然の前でいかにあるべきかという点にある。それを様々な経験を通して考えていく。ジンの成長譚であり、冒険譚でもある。
 547頁という長編でいつ終わるのだろうと心配したが、読み始めたら一気。池澤夏樹は読みやすい作家だ。だがそれだけではなさそうだ。もう少し他の作品も読んでみよう。

氷山の南

氷山の南

●立って祈り、膝を折って座って祈り、床にひれ伏して祈る。・・・一人一人で祈っている。・・・つながっているのは一人の人間とアッラーだ。・・・なぜ人は祈るのか、自分にはわからない。・・・たぶん祈ることができる人たちには心の平安があるのだ。(P92)
●中心はこの氷山なんだ。他のどの氷山でもなく、この海域でたった一つ、地球でたった一つ、この氷山。奇妙な、とても不思議な気分だった。ずっと離れていた土地へ帰ってきた時のように心が反応している。ここは懐かしい。(P148)
●ウルルは一個の巨大な岩だが、その表面にはいくつものくぼみや割れ目や穴がある。その一つずつに精霊が宿っていると教えられた。すべての形状について物語があると。世界はまずもって物語であり、精霊の言葉であり、それが時には岩山や砂漠などの具体的な形をまとって現れる。(P168)
●氷山も夕日も、自分では何も考えていない。ただそこにあるだけ」「あるっていうことが、そのまま一つの考えではないのかな」「どういうこと?」「そこにあるというのは、そこにあろうとする思いの現れで、それ自身がありたいと思わなければそのものはないんじゃない?」(P240)
●人が歩くことでカントリーは生命の息吹を吹き込まれる。また人はカントリーによって生きる力を与えられる。・・・つながっているのだ。自然が勝手なことをやっていて、人間はそれをただ見ているのではない。人が見るから、その視線に応じて自然は自ら装う。・・・自分がいて、世界がある。それぞれがあって、後からつながるのではない。この二つは最初からセットなのだ。(P368)