とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

アリアドネの弾丸

 久し振りに海堂尊の作品を読む。田口&白鳥コンビが活躍する海堂作品の王道続編だ。
 医療界へのエーアイ導入を精力的に進める海堂尊、いや、白鳥圭輔。そして高階病院長、放射線医の島津。これに対して警察・司法側が徹底的に抵抗する。東城大病院では法医学者の笹井。桜宮市警の斑鳩。これらの既におなじみになった面々に加えて、いつかの作品で伏線として示された人物たちが再登場し、シリーズに彩りを与える。「極北ラプソディー」の元極北市監察医務院院長の南雲と医療ジャーナリスト西園寺さやかこと桜宮小百合。「イノセントゲリラの祝祭」の房総救命医療センターの彦根とジュネーヴ大の桧山。そして「ナイチンゲールの沈黙」で登場したマネジャーの城崎と失明した青年・牧村瑞人。
 そして本作品では、久し振りに本格的ミステリーが描かれる。塩ビパイプを使ってゴムパチンコで自殺を図るというのは、さすがに何でそんなめんどうなこと、と思わないでもないが、まあミステリーらしいといえばそうなんでしょう。
 それよりも海堂作品の魅力は医療界の内情が(もちろん誇張してだろうが)もろもろ書き立てられ、筆者の正義感や義憤が伝わってくるところ。そしてエーアイ本格導入に向けた筆者自身の精力的な取り組み。ある意味、白鳥技官は筆者自身の分身なのだ。あ、たぶん田口もそうなんだと思う。田口&白鳥はそのまま海堂尊自身だと思われる。
 この作品ではまた新しい登場人物も現われる。名前だけで姿を見せないマサチューセッツ医科大学の東堂だ。彼が今度はどんな作品で本格登場するのか、これもまた楽しみだ。そして桜宮小百合。今回は影のように現われただけだったが、彼女が引き起こす事件もまた楽しみにしたい。こうして各作品が次々とつながっていくことも、海堂ワールドの大きな魅力の一つだ。

アリアドネの弾丸(上) (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

アリアドネの弾丸(上) (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

●医療と司法のロジックは決して交わることがない。基本文法が違うからだ。不確定な未来という鉱山にランタンひとつで潜入し、怪我人を連れ戻すことを求められる医療人と、すでに起こった事象を検証し、ロジックのブロックで埋め尽くせばいいい司法は、物事に対するアプローチが異なる。(P138)
●医療室を辞去した俺は、高階病院長の器の大きさに感心していた。・・・もし俺が高階病院長の立場だったら、この人事案はきっぱり破棄させただろう。だが、高階病院長はそうしなかった。それはなぜか。この案件はセンター長である俺に丸投げ、もとい、一任すると明言していたからだ。明言したことは実行する。当たり前のように見えて、こうしたことは実は難しい。(P150)
●「いいか、行灯はこれから人に指図する立場になる。だから知りたいと思ったことは何でも聞け。知らないままでいる方がマズい。人に頼れることは徹底的に頼れ。お前は、センター長にしかできない業務に専念しろ。でないとお前も、組織も保たないぞ」(P206)

アリアドネの弾丸(下) (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

アリアドネの弾丸(下) (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

●警察に証拠をでっち上げられたら、市民には戦う術はない。この社会は、悪と正義の間には薄いベニア板の間仕切りしかないのだ、ということを実感した。(P72)