とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

ねじまき鳥クロニクル

 15年振りに読み返した。「ねじまき鳥クロニクル」と言えば、ノモンハンで生きたまま皮を剥ぐ残酷な場面の印象が強く、その他のストーリーはほとんど覚えていない。だが読み返してみると、問題のシーンは意外に紙片は少なく、その後の井戸での出来事の方が、ストーリー全体との連携は強い。
 3部構成になっているが、それぞれの内容はかなり異なる。今回読んで、第3部「鳥刺し男編」の臨場感と面白さを実感。単に解決編というだけでなく、第3部だけで独立した作品となり得る面白さがある。
 本書は、皮剥ぎボリスから綿谷ノボルに引き継がれた悪の系譜に、普通の青年「僕」が立ち向かい、打ち破るココロの冒険譚だったんだ。そのために猫を失い、妻のクミコを失う。クミコを取り戻すため、井戸に潜り、笠原メイと知り合い、加納姉妹との交流があり、ナツメグとシナモンの手助けを受ける。間宮中尉の導きの下で。
 そして井戸を抜けたホテルの一室での最後の対戦。ボロボロに傷つくが、最後に悪の息の根を止めたのは、クミコの行動だった。クミコは悪から生まれ、この善き世界へ抜け出してきた。そして自らの手で悪の鎖を断ち切った。だが、それができたのもこちら側の世界、普通の世界で普通に暮らしてきた「僕」。いや「僕ら」。
 普通に暮らすこと。それが「悪」を封じ込めることになる。だが、今の時代にあっては普通に暮らすことすら簡単ではない。僕らは「悪」を根治するために、日夜普通に暮らし、戦っているのだ。

ねじまき鳥クロニクル 全3巻 完結セット (新潮文庫)

ねじまき鳥クロニクル 全3巻 完結セット (新潮文庫)

●僕の意識が少しずつ僕の肉体を自分の領域に引きずり込みつつあるようだった。・・・肉体などというものは結局のところ、意識を中に収めるために用意された、ただのかりそめの殻に過ぎないのではないか、僕はふと思った。(第2部P115)
●僕という人間は結局のところ、どこかでよそで作られたものでしかないのだ。そしてすべてはよそから来て、またよそに去っていくのだ。僕はぼくという人間のただの通り道にすぎないのだ。(第2部P170)
●彼の目に映る世界は、外見的にはいつもどおりの世界だった。そこにはこれといった変化は見受けられなかった。でもそれはこれまでの世界とは確実に違った世界であるはずだった。・・・そのふたつの異なった世界のあいだには何か大きな、決定的なずれのようなものがあるはずなのだ。なくてはならないのだ。でも彼にはどうしてもその違いを見つけることができなかった。(第3部P132)
●用事があるのなら早く済ませて、もとの場所にお帰りなさい。ここは危険な場所です。・・・」「あなたは誰ですか?」顔のない男は、何かを引き渡すように僕の手の中にそっとライトを置いた。「私は虚ろな人間です」と男は言った。(第3部P448)
●彼の引きずりだすものは、暴力と血に宿命的にまみれている。そしてそれは歴史の奥にあるいちばん深い暗闇までまっずぐ結びついている。それは多くの人々を結果的に損ない、失わせるものだ」(第3部P459)