とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

さらさらさん

 「困っている人」の発行以降、大野更紗が雑誌やウェブなど様々な媒体で書き、対談した記事やコラムを集めたもの。挿絵や(本の腹?の)見え掛かり部分のイラストなどとてもポップでかわいいが、内容はけっこうヘビーだ。
 対談相手は、糸井重里古市憲寿中島岳志重松清石井光太、宮本太郎(政治学)、乙武洋匡、熊谷晋一郎(脳性まひの小児科医)、川口有美子(日本ALS協会理事)、猪飼周平(医療政策)など。特に後半は医療・福祉関係の専門家との高度で重い内容の記事が多くなる。しかし、そこでこそ、難病患者という筆者のアイデンティティが発揮され、はっきりとした主張が披露される。
 逆に、宮本太郎との対談など、気負いすぎてか、意味不明な発言が先走り、宮本先生から何度も「おっしゃっていることがよく分かりませんが」と言われている。宮本先生の冷静な対応が見事だけれど、それも含めて収録してしまうというのが本書の面白いところ。体当たりで何でも聞いて、勉強して、納得して、次へ進むという、まさにフィールドワーカーの真骨頂という感じ。
 それでもこんなに一生懸命みんな汗水たらして議論し、考えているのに、国会では一部の政治家と官僚が適当に話を作り、制度を決めて、時に政争の具として反故にしていく。そして半歩前に出る間に、時代のベルトコンベアーは数メートルも後退しているという現実。
 「筋膜炎脂肪織炎症候群」そして「皮膚筋炎」。これが大野更紗の病名だ。Wikiで調べてもほとんど一般人には理解できない。ただ治療法がないらしいこと、原因もわからない。症状も意味不明。「困っている人」を読む限り、非常に辛いらしい。だがそれ以上に日本の医療・福祉制度の隙間に入り込んで、悪戦苦闘している。
 その経験の上に立って、医師など医療・介護関係者と患者との信頼関係をベースに、医療・福祉制度について意見を述べる。そのことが多くの人との対談を通して次第に見えてくる。大野更紗社会学的な知識からのアプローチと相俟って、単に患者からの訴えでなく、より見通しのいい議論の地平が開かれる。その点も興味深い。
 体調と相談しつつ、過剰な活動はできないだろうが、これからも大野更紗の冒険とフィールドワークに注目したい。

さらさらさん (一般書)

さらさらさん (一般書)

●わたしたちはたまに「やり直し世代だよね」ということを言われます。この20〜30年のうちに忘れてしまった感覚を、ていねいにやり直すしかない。「うまくいかない」というのが、いまひとつの大きなキーワードなのかなと思っています。(P041)
●わたしも社会保障のことや、医療、介護、障害やマイノリティのことを、必死で調べたり何かしたりすると「いい子」とか「偉い」と言われることもあります。そうじゃない。わたしのためなんです。人間が一人で生きていけないなんてことは自明だし、ほかの人が快く生きて豊かになって、それで初めて全体のパイが広がる。自分を生かすために、他人を生かす。(P106)
●不条理に直面すると、人はつい愛情や友情に心情的な救いを求めてしまいがちですが、でも、そこに自分の生の営みそのものを預けると、関係性そのものが崩れていくんだな、と。いま、震災という大きな不条理に社会が直面しているなかで、絆や、家族の愛情、友情といったウェットな部分を強調することは、自然な反応だと思いますが、それでは支えきれないラインが必ずやってくる。だから、愛を大事にするから愛と正義を否定する、というスタンスになりました。(P118)
●法律に明文化されることによって、ちょっとでもやるべきことをやらなかったり、法律に書かれていないことをしたりすると、患者の遺族は訴えるようになるのではないかと。尊厳死法を前にして、これまでは利害関係が一致していた医師と遺族も対立するようになりますね。・・・官僚制によるシステムがつねに孕む矛盾ですが、「問題」に対処するとき、たくさんの「規則」をつくり、管理を強化する方向に振れる。しかし日本の現場において今起こっていることは、・・・かえって現場のケアワーカーの人たちが動けなくなってしまっているということです。(P300
●コンシュマーリズムは、一番簡単に言えば「よい医療をしなければ訴えるぞ」という話なので、相互不信をベースに持つんですね。医療というものは、非常に不確実だし不完全なものだし、失敗することもあるし、何がどうなるかわからないわけで、信頼というのはすごく大事だと思うんです。信頼を媒介としない医師―患者関係を軸にヘルスケアを構築することは、とても危険だし、社会的コストを非常に増大させると思っています。(P316)