とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

ことり

 読みながら「博士の愛した数式」と「猫を抱いて象と泳ぐ」を思い出した。主人公は「小鳥の小父さん」、そして彼のお兄さん。彼らと前の2冊の主人公に共通するのは、みんな純粋無垢な人だということ。だが、小鳥というテーマにふさわしく、大きな出来事が起きるわけでもなく、淡々と小鳥の小父さんの人生を描き、そして死んでいく。
 いや、小鳥の小父さんが孤独死している場面から物語は始まる。胸に抱いていたメジロが物語の最後には傷ついて小父さんが治療し、育て、心を通わせた小鳥だということがわかる。そしてまた物語が始めに戻ってくる。
 鳥の言葉しか話せないお兄さん。そのお兄さんがキャンディーの包み紙で作った小鳥のブローチ。父母、そして兄の死。お兄さんが見守った鳥小屋の掃除をするようになる小父さん。図書館の若い臨時職員との心の交流。鈴虫の声を聞く老人との出会い。最後はメジロの鳴き合わせ会に連れて行かされ、籠に閉じ込められたメジロたちを籠から解き放ち、逃げ去る。そしてようやく見事な声音で歌えるようになったメジロを抱いて永遠の眠りに入る。
 小鳥とともに生きて、そして死んでいった、まるで小鳥のように純粋無垢な二人の兄弟の物語。あくまではかなく美しい小川ワールドがそこにはある。

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●「どうしてこんなに鳴くの?」「鳴いているんじゃない。喋っているんだ」「怒ってるみたいに聞こえる」「怒ってはいない」「本当?」「うん。小鳥たちは僕たちが忘れてしまった言葉を喋っているだけだ」・・・「だから僕たちより、ずっと賢い」(P13)
●彼の中身は透明で、空っぽで、ただ耳だけが小鳥や朗読やオペラに向って捧げられる。だからこそ音たちは余計なものに邪魔されず、意味さえ脱ぎ捨て、ありのままの姿でお兄さんの中に沁み込んでいった。(P44)
●「それにしても、世の中に、こんなにもたくさん鳥にまつわる本があったなんて……。私が気づかない場所に、こっそり鳥は隠れているものなんですね。私の目が届かない空の高いところを、鳥たちが飛んでゆくのと同じですね」(P112)
水草の茂る沼地で彼女はうずくまっている。羽は傷ついてはらはらと抜け落ち、羽ばたくどころか立ち上がる力さえなく、草陰に身を潜めている以外他にどうしようもない。・・・/空に瞬く星はあまりにも遠い。途切れた暗号が、どこに結びつくこともできないまま点々と取り残され、一面に散らばっている。彼女は空を見上げ、一点一点を眼でつないでゆく。・・・彼女はつながれた点の先にある、懐かしい遠い場所に思いを巡らせる。そこに生い茂る木々に形や風の向きや土の匂いをよみがえらせる。/やがて最期の時が訪れる。どことも知れない場所で、誰にも看取られず、彼女は目を閉じる。どんなに待ってももう彼女は戻ってこない。(P150)
●風は止み、雲が流されてうっすらと光が戻り、離れの廃墟を照らしていた。朽ちてゆくばかりの離れは少しずつ形を変え、蔓に絡め取られ新しい種を宿し苔に覆われて、むしろ生き物に近づこうとしているかのようだった。見る角度によっては、輪郭が本を読む父親の背中に似ていなくもなかった。濃い緑の新芽を茂らせて木々は高くそびえ、自由に枝を伸ばし、外の世界からこの小さな家を守っていた。(P247)