とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

蛍の森

 ノンフィクション作家の石井光太が小説を書いた。どんな小説だろうかと興味を持って読み始めた。昨年読んだ「東京千年」でもハンセン病患者の療養所での生活と四国遍路の話が掲載されていたが、あくまで多くの話の中の一つとしてだった。石井光太にしてはあっさりとした筆致だと感じた覚えがあるが、実際には取材内容に大きな衝撃を受けたのではないか。そしてこの小説が生まれた? フィクションと断ってはいるが、同時に「当事者の証言をもとに」と書かれており、ノンフィクションに近い事実もあるのだろう。
 内容のあまりの悲惨さ、残酷さに思わず目を背けたくなる。だが不思議と嫌な感じはしない。いかにも石井光太らしいノンフィクション・タッチの淡々とした乾いた文章で綴られており、それがいい緊張と迫真さを感じさせる。しかも単に冷静なだけでなく、石井氏の文章には温かみと気持ちが伝わってくる強さがある。ミステリー仕立てで最後の最後に知らされる事実もあり、けっして飽きさせることもない。
 まだ年の始めだが、今年のベスト10に入る第一級の作品だと思う。蛍はハンセン病患者の悲しい思いを秘めてこの夏も四国の森で光るのだろうか。

蛍の森

蛍の森

●「癩病者は、地元の村人やお遍路さんに嫌われていて、正式な遍路道を歩くことができない。それで遍路道とは別に、森の中にヘンド道と呼ばれる道をつくって身を隠しながらお遍路をしているの。癩が治りますように、来世は病気のない体に生まれ変われますようにって祈りながら八十八か所を巡っているのよ」(P66)
●カッタイ寺である以上どんな人間であっても我々の方から一方的に追放してはならないという決まりがある・・・ここは社会から棄てられた癩病者が最後にたどり着く場所であり、追われたら行き先はどこにもないんだ」(P149)
●人は感情を持つから人でいられる。それを失ってはならない・・・おまえは癩でないことに劣等感を抱いたり、感情を持っていることに悩んだりしてはいけない。病気ではなく、感情を持って生きていけることがどれだけ幸せで尊いことか。(P230)
●当時はお国が俺らにはやばい病気だから近づくなと言っていたんだ。それを信じて何が悪い。たしかに間違っていたかもしれないが、それは十年ほど前にお国が謝ってすんだ話だろ。今更わめくんじゃねえよ(P338)