とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

ア・ロング・ウェイ・ダウン

 久し振りにニック・ホーンビィを読む。面白い。自殺の名所の高層ビルの屋上で偶然邂逅した4人の男女。未成年者との性行為で逮捕・服役したTV番組の元司会者、植物状態の息子を持つシングル・マザー、突然失踪した姉を持つ10代のイカれた少女、夢破れて解散したロックバンドのミュージシャン。何の縁もゆかりもない男女がお互いの身の上を語り合ううちに、自殺するのはもう少し先に延ばそうということになり、奇妙な友情と交遊が始まる。
 振られた恋人をつかまえ、別れた妻や子供に会いに行き、動かない息子の隣で話し合い、解散したバンド仲間と恋人に再会する。一緒にカナリア諸島まで旅行し、自殺を試みたビルの屋上で実際に自殺する男を目撃する。そんなこんなの出来事があり、それぞれを包んでいた環境が少しずつ変化し、お互いを思う中で彼ら自身も変化し、そして再び生きていこうと決意する。
 自殺直前から人生と向き合うまでの更生の物語だが、けっして暗いことはない。いや、めっちゃ明るい。それがいかにもニック・ホーンビィらしい。滅茶苦茶だけど明るい。そしてじわっと考えさせる。いいなあ。けっして多作ではないけれど、どれも心に温かい。次の作品もまた楽しみにしよう。

●こうしようと計画してた人生を生きられないってのはどんな気がするものか、彼女ずっと生きて確かめてきたんだもんな。・・・彼女だってみんなと同じように計画があったはずだ。そして、マッティが生まれ、その代わりに何かいいことがあるか二十年間待ってみて、その結果、何ひとついいことがなかった。あの一発にはいろんな感情が籠もっていた。・・・それも俺がモーリーンの年齢まで生きようと思わねえ理由の一つだな。(P106)
●俺は自殺に関する重大な真実を悟りはじめていた―失敗は成功と同じくらい痛みを伴う。そしてより大きな怒りを招く傾向がある。なぜなら、それを荒い流すべき悲嘆がそこにはないからだ。(P171)
●「モーリーンの言ってるのは、なんつうか、人間は自分に起きたことでできてるってことだよ。だからこれまで起きたことが全部なくなったら、分かるだろ……」・・・「あたしは別の誰かになってる」「そのとおり」「それってマジ最高じゃん」(P347)
●二人には物語が必要だった・・・生きていくのに物語が必要じゃない人間は、あたしはこの世で一人しか知らない。それはマッティなんだけどね(でも、もしかしたらあの子にだって必要なのかもしれない・・・)。死ぬには、自殺する以外の方法もあるのよ。自分のいろんな部分が少しずつ死んでいくのを放っておけばいいの。ジェスのお母さんは顔が死んでいくのに任せてたんだわね。(P385)
●もしお前が飛び降りても俺らみんな納得するぜ、真面目な話。誰も思わねえよ、なんつうか、ああもったいねえ、あいつはすべてを投げ捨てちまった、なんてさ。・・・もったいないものは何もない。大事なのは、それでも人間は七十年ばかしを生きる権利があると考えることだ。(P430)