とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

遅い光と魔法の透明マント

 まるでファンタジーのタイトルのようだが、れっきとした光の物理学者による科学書だ。だが単に現時点での光の科学の最先端について紹介するだけでなく、SF作品を紹介しつつ、いかにSFと科学が手に手を取り合って、先行する科学をSFが追い付き、追い越し、そして今また科学がSFを追い越そうとしている。そんな最先端の状況を説明する。
 一般相対性理論量子論などが明らかにしてきた粒子にして波という光の本質。それはまだ解明できていないことも多いけれど、それでも絡み合いや重ね合わせなどの性質を利用し、科学の実用化が進められている。
 それは光速を超える光を作ったり、遅く進む光、さらには停止した光、逆進する光が、理論だけでなく、現実に実験で作り出されているのだという。知らなかった。核融合に活用可能な超強力な光や光子一個だけの光など、さまざまな光を作り出し、利用できつつある。もちろんまだ理論の世界だけの産物で、実現には膨大なエネルギーが必要とされるものも多いけれど、たとえば遅い光は既に実験室では現実のものとなっている。そしてこれらの技術を利用して、量子コンピューターや負の屈折率を実現するメタマテリアルが構想され、一部現実のものとなっている。
 科学的解説の部分はやはり難しくて理解がついていかない部分も多いけれど、ところどころ挟まれるSF作品の紹介などに一息つきつつ、終わりまで読み終わった。すごい。未来は着実に我々が知らない世界へと進みつつある。もちろんスマートフォンですら十数年前には夢の技術だった。あと数十年したらどんな技術が、科学が現実のものになっているのだろうか。それはSF作品の中に既に描かれているのかもしれない。そんな夢と現実があふれている。楽しい本でした。

●科学では疑問視されているタキオンも、SFには喜んで迎え入れられている。・・・「タキオン」という言葉自体もSFにはうってつけだったように思われる。なぜなら、その一風変わったギリシア語起源の綴りと、いつまでも残る魅惑的な「キ」の硬音の響きが、あの科学ならではの「雰囲気」、しなわち科学のクールさをSFに備えさせてくれるからである。(P070)
●論文のタイトルは「超低温の原子ガス内における光速の秒速17メートルへの減速」という味も素っ気もないものだったのに、ハウの研究は『ニューヨーク・タイムズ』紙の第一面を飾った。そのニュースは世界中に伝わった。というのは、ハウらの研究グループは光速を1800万分の一に減速させるのに成功していたからである。われわれの頭で思い描ける速さで光が伝播した初めてのケースだったのだ。(P101)
●遅い光の用途には、信号の伝播時間を遅らせる光学遅延回路や、きわめて正確な長さの測定を可能にする光学干渉計などがある。いずれも初歩的なものはすでにできているので、10年以内に完璧なものが開発されるだろう。とはいえ、光の応用の中でもっとも大きな可能性を秘めているのは、停止した光を利用したデータの貯蔵で、これは光を用いた量子情報技術に不可欠なものになると思われる。(P196)
●近年研究が進められている異質の光の種類に、負の屈折率をもつメタマテリアル中を伝播する「左手系」の光がある。メタマテリアルの応用の中でもっとも魅力にあふれているのは不可視化だが、不可視化と同じ原理を適用して高解像度(高分解能)の「スーパーレンズ」を作ることもでき、生物科学、集積回路の製造、データの貯蔵の分野でスーパーレンズの画期的な利用法が誕生するかもしれない。(P197)
●光子どうしの絡み合いが長い距離でも保持されるのは、ほぼ異論の余地なく実証されており、暗号技術を目的とした光子の量子テレポーテーションは商業的に利用できるまでになっている。(P198)