とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

なくしたモノが帰ってくる。

 先日「ゴムひも1本の奇跡」について報告した。個人的にかなり感動し、いろいろな人にしゃべりまくった。すると、友人の一人が「自分の奇跡もしゃべっていいですか」と言う。聞いてあげることにした。
 彼の場合は、メガネのレンズが戻ってきた話だ。フレームのねじが緩んでか、少し前から時々レンズが抜け落ちて、また嵌めることを繰り返してきたある日、仕事で野外に出た際に、やぶ蚊に襲われ、顔を手で払ったら、その拍子にメガネが飛んで、またレンズが取れてしまった。しかしその時はいくら探しても見つからない。やぶ蚊が出るような場所だから、雑草が生い茂っていたかとは思うが、結局見つからず、あきらめてその場を去った。
 しかしレンズがなくては困るのでメガネを新調し、しばらくそれで過ごしていたある日、机の横に掛けてあった製図版を運ぶための大きな手提げ袋の中をふと見ると、なんとそこにメガネのレンズが入っていたと言う。どうしてそんなところにあるのか皆目見当が付かない。
 「小人さんが運んできてくれたのだろうか?」
 「でも、メガネを買ってからレンズが見つかるなんて、その小人さんはイマイチ役に立たないね。ゴムひもを運んできてくれた僕の小人さんの方が優秀だ。」
 なんてたわいのない話を同僚の女性に話したところ、「私の奇跡も聞いてくれます?」と言う。彼女の奇跡はボールペンだ。
 モリゾウとキッコロというから愛知万博の年、2005年の出来事だ。その頃、ボールペンのお尻にキッコロの飾りが付いたボールペンを入手して、よく使っていた。ところがある日突然なくなってしまう。いろいろ探したがどうしても見つからない。当時、彼女は会社幹部の受付係をやっていたので、彼女が留守の時に幹部を尋ねた人が勝手に使用し、そのまま持ち去ってしまったのかもしれない。お気に入りだっただけに悲しかったけど、あきらめた。
 それから5年以上の時間が空いて数年前のこと、別の部屋で別の幹部の秘書を担当した。ある日、なにげなく机を開くと、ペン入れになぜかなくしたはずのボールペンが入っている。あれ、なぜ? 当時は秘書室に複数の同僚がいて、「誰か置いていったのか」と聞いたが、誰も知らないと言う。「きっと小人さんの仕業だね」 彼女はそれ以来、そのボールペンを使えず、机の奥にしまってあると言う。ふーん、キッコロもしばらく森へ戻っていたけれど、都会の喧騒がなつかしく戻ってきたんだろうか。
 きっとそんな話はたくさんあるだろう。そして、彼らの話もきっと服のどこかに引っ掛かっていたとか、すぐに戻されたボールペンを発見できずにいたとか、たぶん合理的な理由があるのだろう。でもきっと「小人のしわざ」。「小さな奇跡」。そう思うと心が温かになる。もうすぐクリスマス。小人さんはどんなプレゼントをくれるだろうか。いや、その前に整理整頓して、モノをなくさないようにしなくてはいけない。問題はそこにあるような気がする。でもやっぱり「小人さんの奇跡」を期待したいな。