とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

図書館奇譚

 村上春樹の短編にドイツのイラストレーター、カット・メンシックが挿絵を描いて新装発行されたシリーズの3冊目。1983年に発行された「カンガルー日和」に収録されていたというが、昔過ぎて、今、手元にない。この短編も読んだような気もするが、はっきりとは覚えていない。
 読書好きの少年の成長の物語。図書館の地下でのファンタジックで怖い経験の後、日常に戻った少年を迎える母親の顔がどこかしら悲しげ。そして次のページでは母親の死が告げられる。少年はこうして大人になっていく。
 カット・メンシックの暗い挿絵がこの短編にはよく合っている。もっとも個人的にはあまり好きではないタイプのイラストだ。村上春樹は気に入っているようだが。本当にそうだろうか? 僕も早く大人にならなければいけない。日本人も早く大人にならなければいけない。

図書館奇譚

図書館奇譚

●ぼくは日にちや時間は必ず守る。そのようにしつけられているのだ。羊飼いも同じだ。時間を守らないと羊たちはとりかえしのつかないくらい混乱してしまうから。(P8)
●脳味噌を吸われちゃったあとはどうなるんでしぁ?」「残りの人生をほんやりと、夢見ながら暮らすんだよ。悩みもなきゃ、苦痛もない。イライラもない。時間の心配をしたり、宿題の心配をしたりしなくてもいい。どう、悪くないだろう?」(P37)
●<羊男さんには羊男さんの世界があるの。私には私の世界があるの。あなたにはあなたの世界がある。そうでしょ?>/「「そうだね」とぼくは言った。/<だから羊男さんの世界で私が存在しないからって、私がまるで存在しないってことにはならないでしょ?>/「つまり」とぼくは言った。「そんないろんな世界がみんなここでいっしょくたになってるってことなんだね。そしてかさなりあってる部分があるし、かさなりあっていない部分もある」(P39)
●家に帰ると母親が朝食を作ってぼくを待っていた。いり卵とトーストと蜂蜜。/「おはよう」と母親が言った。・・・まるで何ごともなかったように。・・・母親の横顔はいつもよりほんの少しだけ悲しそうに見えた。でもそんな気がしただけかもしれない。(P69)
●先週の火曜日、母親が死んだ。ひっそりとした葬儀があり、ぼくは一人ぼっちになった。ぼくは今、午前二時の闇の中に一人きりで、あの図書館の地下室のことを考えている。闇の奥はとても深い。まるで新月の闇みたいに。(P70)