とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

飛び降り自殺

 その日は朝から雨で、いつもは地下鉄駅からいったん地上に出て会社に向かうが、直接地下から会社ビルに繋がる地下道を通り、地下階でエレベータを待っていた。するとビルの守衛さんが消防隊員2名を先導してエレベータ・ホールを通過し、中庭へ入っていった。野次馬になるのも憚られたので、そのままエレベータに乗ってオフィスのあるフロアに到着後、窓から下を覗き込むと、ちょうど担架に乗せられた人を消防隊員が運び出すところだった。半分口を開いた血色のない顔が印象的な30歳前後の男性だ、消防隊員が立ち去った跡が赤く染まり、雨に打たれていた。
 同じように覗き込んでいた人に声をかける。「飛び降り自殺ですか」「そのようですね」「どこから飛び降りたんですか」「それはわかりません」
 その後、いったんかばんをロッカーに置き、トイレに行きがてらもう一度窓の下を除くと、さっきよりも血の海は広がってその周りを赤いコーンが取り囲んでいた。思わず顔をしかめる。ここまでリアルに他人の死を目撃したのは初めてだ。
 その後のみんなの噂によれば、他社の若い社員が仕事上のミスを悔やんで屋上から飛び降り自殺をしたということのようだ。まだ20代だと言うからミスや叱責を自分の中でどう処理していいかわからなかったのだろうか。それにしても可哀想である。「人間はミスする葦である」。まだ若いのだし、やり直しだって可能なのに。
 この日以来、僕も何かあったら窓から飛び降りようかと思ってしまう。うちのような中層ビルだとそのつもりがあればけっこう簡単に飛び降り自殺ができてしまう。だからと言って窓に格子を嵌めて閉じ込められたくもない。私のように定年も間近になれば人生を自分の手で終えてもそれほど悔いもないが、まだ将来のある若者が自ら命を絶ってしまうのはあまりにやるせない。ましてや彼らを戦場に送ろうという法律を考える政治家はいったい何を考えているのか。死は訪れるもので、自らまたは他者により絶たれるものではない。