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とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

福原愛と水谷隼

 サッカーは終わったが、他の種目では日本のメダルラッシュが続いている。卓球個人は福原が4-0を3試合続けて準決勝に進出したが、中国の前回金メダル選手に0-4で敗れて、そのダメージのまま3位決定戦に臨んで1-4で敗戦。惜しいところで銅メダルを逃した。

 一方、男子の水谷選手は同じように準決勝で世界ランキング1位の中国選手に敗れたが、3位決定戦では見事ベラルーシの選手を破って銅メダルに輝いた。水谷選手は福原のように4-0で勝ち進んだわけではなく、それまでの3試合でも何ゲームも取られてはきたが、勝負強く勝ち上がった。そして準決勝も3ゲーム連取された後に2ゲームを奪い返した末の敗戦。これがよかった。

 逆に福原は1ゲームも落とさずに来ただけに、準決勝での完敗は精神的なダメージが大きかった。3位決定戦は昨日までの好調な自分をイメージして戦ったが、相手にリードされた時のリカバリーのイメージが作れなかったように思う。その点、水谷は相手に追い込まれてももう一度盛り返すだけの精神的な準備ができていた。動揺しない精神的な強さがあった。

 同様のことは体操の内村にも感じた。最終種目の鉄棒で無私無欲で集中できる強さ。それが福原にはまだなかった。のかもしれない。そしてそれは自分にも言える。正念場で逃げ出したくなる自分。いや、その時には逃げ出す自分。でもそれではメダルは手にできないのかもしれない。いや、逃げ出すことで立ち向かう勇気もできるのかもしれない。ゲームを落とす勇気。

 オリンピックの真剣勝負を見ていると色々なことを思う。チャラチャラしたTV番組とは別に、各競技の中で選手のそれぞれの思いや苦悩、心の揺れを感じる。それが面白い。そしてそれは日本人選手だけでなく、他国の選手にもそれぞれの国情や環境の中で個人的な葛藤や苦悩、喜びがあるはず。それが垣間見えるとき、スポーツ観戦の楽しさがある。次回の東京オリンピックが真夏に開催されることに多くの批判や不安があるが、お盆の間にこれらのゲームを観られるのは意味があるのかもしれない。まだしばらく五輪をのんびりと楽しもう。