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とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

サッカー通訳戦記

 日本のサッカー界で通訳を務める10人のインタビュー集。トルシエの通訳をしたフローラン・ダバディ氏やジェフユナイテッド千葉オシムの通訳を務めた間瀬秀一氏、ジーコの通訳を担当した鈴木國弘氏などよく知られた人たちから、元フットサル日本代表監督のミゲル・ロドリゴの通訳をした小森隆弘氏やポポヴィッチの通訳を担当した塚田貴志氏まで、様々なチームと分野で活躍してきた通訳たちが登場する。彼らが通訳を務めるまでの経緯や半生、どんな通訳を心掛けてきたのか、通訳を通じて感じた日本サッカーへの思いなど様々な話が展開し。かなり面白い。

 そしてみんなすごく苦労している。単に外国語学科を卒業したなどという人はほとんどおらず、若くしてサッカー留学をして苦労を重ねた末に、当地の言葉を覚え、サッカーにも精通しているからこそサッカー通訳が務まる。外国の監督や選手も人それぞれ。そのわがままに苦労したり、心まで通じ合う友人となったり、多くのことを教えられたり。それら多くのエピソードもふんだんに盛り込まれ、飽きさせない。

 そして多くの通訳経験者が次はサッカー指導者を目指す。一流の監督と一心同体となった経験はサッカー指導にも生きるのだろう。まるでモウリーニョのように。日本にも和製モウリーニョが誕生する日も近いかもしれない。

 

サッカー通訳戦記

サッカー通訳戦記

 

 

○名将に寄り添い、やはり監督は怖いだけでは務まらないと痛感した。/「物凄く怒っても、その裏に暖かみがないと人は動かない。受け取る側が、感情をぶつけられているのではなく自分のために怒ってくれている。そう思えないとダメですね」/オシムの傍で3年間を過ごすと、阿吽の呼吸が楽しくて仕方がなくなった。就任当初は、とても創造出来なかった状況を、遂に構築できたのだった。(P35)

Jリーグ川淵三郎チェアマン(当時)にも、年下を見下す体育会系気質がたっぷりと染みついていて、初対面のトルシエと口論になった。/「川淵さんが権力者の1人だとあまり認識していなくて、怖いもの知らずのフィリップは、いきなりJリーグの2ステージ制がなぜうまくいかないのかをレクチャーしたんです。私は礼儀を欠く通訳をしたつまりはありません。でも川淵さんは、フィリップのことを“おまえ”と呼ぶなど、言葉遣いがギリギリでした。・・・あの保守的な無礼さは耐えられなかったですね」(P48)

ジーコが“右へ走れ!”と怒鳴ったら、僕は選手たちを気持ちよく右へ走らせるための細工をしました。小さい頃からディベートなどに慣れた外国人と日本人の間には文化的な違いがある。ジーコが鼓舞し発奮させようとしても、そのままのトーンで伝えたら選手は微妙な受け止め方をする可能性があります。僕の仕事は、結果オーライなんです。どんな表現、伝え方をしても良い。とにかくジーコの要望通りに選手を動かすことなんですよ」(P75)

ミゲル・ロドリゴは、どうしてもキャプテンを任命しようとしなかった。リーダーは監督が決めるのではなく、自然に生まれて来て欲しいと願ったからだ。だが選手たちは、指揮官に指名して欲しいと願った。日本では役職が人を作るという認識がある。任命されなければリーダーとして振る舞えないという慣習さえ染みついている。・・・最終的にはロドリゴが折れて、2人を指名するのだった。(P197)

○極東の日本と、かつて東欧のブラジルと呼ばれた旧ユーゴスラビアでは、当然サッカー観が大きく異なる。逆にだからこそ監督を招聘して来る意味があると考える。/「・・・旧ユーゴスラビアの選手たちは、本当の意味でサッカーを生活の手段と考えるし、その前に生まれた時から日々の生活をしていくのに戦略を練る必要がある。・・・そういう背景があるからこの力を重要視しながらもチームを大切にして組織的に戦おうとする。そこは日本にも適した部分だと思います。(P217)