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とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

橋を架ける者たち

 在日差別に抗してサッカーを続け、サッカーを通してレイシズムに抗してきた人々を紹介するドキュメント。取り上げられるのは、安英学アン・ヨンハ)、梁勇基リャン・ヨンギ)、鄭大世チョン・テセ)。そして1954年、一度だけ東京朝高が全国高校サッカーに出場した際のレギュラー、キム・ミョンシクとリ・ドンギュウ。さらに、安英学らの北朝鮮代表への選出を後押しした現在日朝鮮蹴球協会理事長のリ・ガンホン。在特会に抗してレイシズム運動を続ける李普鉉(リー・ボヒョン)。そして、CONIFAワールドフットボール・カップのレポートが2編に浦和スタジアムに掲げられた「JAPANESE ONLY」の横断幕に係る李忠成を巡る顛末を記した記事が添えられる。

 いずれも「すばる」に連載した「朝鮮高校サッカー部を巡る旅」を再構成したものということだが、第1章・2章で描かれる安英学の軌跡は、安英学が1年だけだがグランパスに在籍していたことから興味を持って読んだし、確かに彼は非常な苦労をしている。それは北朝鮮代表に呼ばれながら、ベンチにも入れず、練習だけに同行した梁勇基なども同様。また、プロのサッカー選手にはなれなかったが、リ・ガンホンや李普鉉もサッカーをやっていればこそ、民族などに囚われない考え方ができたし、それで在日朝鮮人を励まし、救っている。

 「ヘイトスピーチは、日本人自身が解決すべき日本社会の問題である。」(P196)というのは正しい。それでもいつしか心の隅に棲みついているのが民族差別意識かもしれない。いや、民族差別だけでなく、同性愛者などLGBTや(本書ではオタクや風俗嬢などのマイノリティ、)男女差別なども同様。先週、コソボのW杯予選参加にかかる国内民族対立を取り上げるドキュメントを放映していた。サッカーは民族を越える。確かにサッカーにはそんな力があるようだ。サッカーを通じてあらゆる差別を撤廃していけたらいいと思う。

 

 

○過酷な境遇に生きる当時の在日朝鮮人を韓国が棄民政策で見捨てたのに対し、当時の北朝鮮政府は国を揚げて支援してくれた。1957年4月8日には教育援助費として約1億2000万円が平壌から送られてきた。9割以上が南の出身である在日が北を支持したのには、この恩義を忘れてはいけないという強烈な思いがあったからである。(P88)

○東京朝高が高校選手権全国大会に出場してから60年以上が経過した。・・・リ・ドンギュウはテレビのサッカー解説者として北朝鮮では知らない者の無い存在として平壌で活躍していたが、2015年12月、永眠した。息子も医大を卒業して、北朝鮮代表のチームドクターとして活動している。安英学鄭大世も代表に合流すると必ず世話になった。・・・ドンギュウさんはサッカーを通じて生き抜いた。最も成功した帰国者の一人だ」。(P129)

○マジョリティである日本人が在日韓国・朝鮮人の属性を侮辱し差別を扇動しようとするヘイトスピーチは、日本人自身が解決すべき日本社会の問題である。被害者である在日を巻き込んではいけない。・・・私は2014年1月11日の京都・河原町でのヘイトスピーチ街宣に対するカウンター行動で見たボヒョンの豊富な運動量を忘れることができない。/紛れも無い在日のサッカー選手の軌跡として書き残しておきたい。(P196)

○会場は老朽化したスタジアムであり、そこに集まったサポーターの数もまばらである。しかし、ピッチに出てくる選手たちの表情の明るさは驚くばかりであった。それはサッカーの現場で初めて自らのアイデンティティーを発露させた喜びに満ちていた。予算が無くなかなか整備されない劣悪な環境の中で行われるトーナメントにそれでもこれ以上無いモチベーションで参加するのは、「俺たちがここで欲しいのはカネじゃない」という意志の表れである。フットボールが巨大なビジネスになる前の国際大会もおそらくこのような雰囲気ではなかっただろうか。(P219)

○FC KOREAは、2016年から加入選手の規定においてルーツを朝鮮半島に持つ者という条項を外していた。チャノは言う。「民族の壁をサッカーで自由に越えるということ。在日コリアンのためのクラブという理念さえしっかりしていれば、オープンにする方が自然だし、そんなことで自分たちのアイデンティティーは崩れるものではない」。民族という壁の中にいるのではなく、外とも往還する橋を架けて、在日コリアンのクラブとして戦うという決意の者ならば、何人であろうが門戸を開けるという発想である。(P242)