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とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

羊と鋼の森

 2016年の本屋大賞第1位になってすぐに予約をしたけれど、半年以上も待ってしまった。「羊」とはピアノのハンマーの巻かれたフェルト、鋼とはピアノの弦。ピアノのハンマーと弦が森の木々にように数多く並んでピアノはできている。羊と鋼が出会って響かせる音を調整する仕事。調律師にめぐり合い、調律師になろうと思い、そして成長していく物語。

 けっして大きな事件が起きるわけでもない。あえて言えば、調律で出会った双子の姉が先輩調律師の結婚式で主人公が調律したピアノを弾く。その出来栄えを褒める先輩たち。そんな話で物語は終わる。どこまでも静かで、でも内には大きな葛藤や諦念などを抱えながら、成長する主人公。そんな青年の独白と会話で全編が進んでいく。

 我が家にも年に1回、調律師がやってくる。今や年に数回しか弾かれないピアノのために。そしてその時だけの当たり障りのない会話を残して去っていく。こんなピアノを調律しながら彼はどう思っているのだろうか。小説では、長らく弾かれなかった思い出のピアノ、プライドの高い職業ピアニストなどが出てくる。もちろんただ年中行事のように調律を頼むだけの依頼者も。それでもそれぞれの思いや考えを持って調律の仕事をこなしていく調律師たち。調律師たちにもそれぞれの経緯や背景がある。

 そして本編のここかしこに珠玉の言葉がある。筆者はどうやってこの小説を書いたのだろうか。きっと小さなエピソードを重ねながら、全編ができていったんだろうなと想像する。だからこそ、全体はゆったりと静かに流れる。まるでピアノの音のように、静かに始まり、でもいつまでも響いている。心を打つ。暖かい気持ちになれる珠玉のような小説だ。

 

羊と鋼の森

羊と鋼の森

 

 

○「それは、本番で、和音さんがミスをするということ?」/「いいえ・・・由仁の出来がひとまわり上を行くんです。あの子は、本番が強い。・・・「それなら、いいんだよね。・・・和音さんはちゃんと和音さんのピアノが弾けている。それなら、かまわないんじゃない?」/和音は目を見開いて僕を見ていたが、やがてぱちぱちと瞬きをした。/「ほんとだ」/それからゆっくりと唇の両端を上げて微笑んだ。/「私が本番でだめになるわけじゃない。だから私が気にすることじゃないんですね」(P69)

○僕には才能がない。そう言ってしまうのは、いっそ楽だった。でも、調律師に必要なのは、才能じゃない。少なくとも、今の段階で必要なのは、才能じゃない。・・・才能という言葉で紛らわせてはいけない。あきらめる口実に使うわけにはいかない。・・・「才能っていうのはさ、ものすごく好きだっていう気持ちなんじゃないか。・・・俺はそう思うことにしてるよ」(P125)

○「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少し甘えているようでありながら、きびく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体」/何度も読んで暗記してしまった原民喜の文章の一節を思い出す。それ自体が美しくて、口にするだけで気持ちが明るむ。僕が調律で目指すところを、これ以上よく言い表している言葉はないと思う。(P148)

○やっと、わがままになれた。これまでどうしてわがままじゃなかったんだろう。聞き分けがよかった。おとなしかった。いつも弟に押されていた。通したいほどの我がなかった。/今、わがままだ、こどもだ、と指摘されてわかった。僕は、ほとんどのことに対してどうでもいいと思ってきた。・・・わがままが出るようなときは、もっと自分を信用するといい。わがままを究めればいい。僕の中のこどもが、そう主張していた。(P171)

○「そんなに練習できるというのは、それだけで才能ですね」/柳さんが相槌を打っていた。/ほんとうにそうだと思う。和音が何かを我慢してピアノを弾くのではなく、努力をしているとも思わずに努力をしていることに意味があると思った。努力していると思ってする努力は、元を取ろうとするから小さく収まってしまう。自分の頭で考えられる範囲内で回収しようとするから、努力は努力のままなのだ。それを努力と思わずできるから、想像を超えて可能性が広がっていくんだと思う。(P195)