とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

問題は英国ではない、EUなのだ

 今や、日本で引っ張り凧のエマニュエル・トッド氏。本書はタイトルからして英国EU離脱国民投票の評価と影響を分析する内容かと思ったら、これは釣りタイトル。EU離脱決定後に取材されたインタビュー記事もあるが、それ以外の4本はそれ以前に行われたインタビューや雑誌に掲載された論文記事だ。全体的に、エマニュエル・トッドが語る現在の世界情勢と将来への予見といった内容で、タイトルよりもずっと内容は濃く、充実している。

 中でも箱根で収録されたという第3章「トッドの歴史の方法」が最も分量も多く、また読みやすい。エマニュエル・トッドの来歴から始まって、グローバリゼーションやエリート批判、移民・難民問題など。そしてその背後にある文化的な変化や普遍の家族構造など、これまでの著作で筆者が披露してきた内容がコンパクトに語られている。特に「シャルリとは誰か?」の意味がわかりやすく話されており、そういう意味だったのかと今さらながら理解が進んだ。

 また、日本の外交姿勢に関する記述も面白い。日本の外交は長子相続直系家族という家族構造に支配されている。そこからの離脱を勧めるが、それは簡単ではない。家族構造に影響された価値観は、場の価値観として非常に強く思考や行動を支配する。最近のロシアとの接近など、トッドの提案を受け入れたような外交のようにも見えるが、たぶん長続きしない。そして中国とも鬱積した関係を続けていくのだろう。

 すべてはトッド先生の予言のとおり。中国の未来に対する悲観的なシナリオなど、どこまでそれが当たるのかわからないが、目先や経済状況だけに囚われず、社会構造に着目して世界を見るエマニュエル・トッドの方法は慧眼に満ちて面白い。次は研究的大部「家族システムの起源」でも読んでみようか。

 

 

○各国に共通するグローバリゼーションによる疲労、これを私は「グローバリゼーション・ファティーグ」と名付けたい。・・・今回のEU離脱は、おそらく統合ヨーロッパ崩壊の引き金になりますが、それ以上に重要なのはグローバリゼーションのサイクルの終わりの始まりを示す現象であるということです。(P66)

○英国EU離脱に象徴される大衆の抵抗を・・・私はむしろ「エリートの無責任さ」こそが問題を理解するキーワードだと考えています。/どんな社会でもエリートは特権を持っています。しかし、同時に社会全体に対して責任を負うべき立場にあります。ところが、最近では指導者たちが自分の利益のみを追求するようになっている。ポピュリズムよりも、そうしたエリートの無責任さこそが問題です。(P67)

○フランスよりも、むしろ日本の方が実質的に自由なのかもしれません。つまり、「人間の自由には限界がある」ことを認識できるという意味で、「自由」に対して一定の諦念があるという意味で、日本人は、少なくとも内面的により自由なのです。・・・「リベラル〔自由主義的〕」と言われる社会は、実はそれほどリベラル〔自由〕ではない。・・・一言で言えば、「リベラルな文化の盲目性」という問題です。(P100)

○日本の場合は、ドイツと同様に、長子相続の直系家族という家族システムです。そういった国の国民は、家族構造そのものがヒエラルキーになっているがゆえに、国際関係を対等だと考えることも苦手です。したがって、強い国は弱い国を支配し、弱い国は強い国の支配に甘んじるものだと感じてしまうのです。・・・日本は・・・戦後はずっと弱い国という立場を受け入れてきました。・・・そんな日本が一番乗ってはいけないのが、できるだけ国際情勢と距離を置いて自分だけの世界に閉じこもってしまおうという孤立志向の誘惑なのです。(P203)

○実は社会の経済や政治のあり方までも決定するような影響力を持つ集団の価値観というものは、弱い価値観なのです。しかし、その希薄な価値観の存在が非常に大きなパワーを生んでいる。希薄な価値観はなぜ希薄かというと、その地域で育った人が別の地域へ行って長く暮らしたり、あるいは次の世代になれば、新しく移った別の地域や国の価値観を採用するようになるからです。そのような希薄な、空気のような価値観が、職場や自分の付き合う仲間の間にある。それが実は非常に強い、一つの場所を形成しているのです。(P244)