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とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

げんきな日本論

 天皇の生前退位については、2019年から新元号にするなどの話題が湧き上がっている。そうした報道を見るたびに妻が「天皇制なんて廃止すればいいのに」とつぶやく。そんな危険思想(笑)は家庭内に留めることにするが、なぜ日本には天皇がいて、現代まで続いているのか。その一方で表れては消えていった鎌倉幕府や戦国時代、徳川幕府、そして明治へ至る様々な思想や社会体制はどう考えればいいのか。こうした疑問に橋爪大三郎氏と大澤真幸氏が18の設問を巡って対談をする中で、日本の特殊性などを明らかにする。

 必ずしも日本の歴史に十分な知識がなくてもかなり面白く読むことができる。時代は縄文・弥生の日本の草創期から明治維新前夜まで。もちろんその後の展開についても二人の知識人に明らかにしていってほしいという思いがあるが、それはやっぱり色々と問題もあるんだろう。だが、天皇制の問題は日本の始まりに遡って理解することで見えてくることも多い。だから、現代の問題は自分で考えるとしても、その補助線としてとても役に立つ本だと言える。

 ところでなぜ「げんきな」日本論なんだろう。これを読んで少しは元気になれたかな? 橋爪大三郎が「まえがき」で、「日本人が日本の歴史やその行動の意味を知っていることが、21世紀に向けて『元気の源』になる」という趣旨のことを書いている。まあ確かに、ただ困惑し右往左往しているよりは多少は補助線が見えれば安心にもなり、生きていく助けにもなるだろう。それに、ここまで言いたい放題に話す二人の姿は確かに元気だ。「げんきな日本論」を交わす二人の姿が見られる本ということで、読者が元気になれるかどうかは、読者次第ということなんだろう。

 

 

○由緒正しい家柄だから皇帝になっているわけではない。・・・天命によって皇帝になっている。だからこそ、すべての宗族の上に君臨することができる。血縁を超えた、中国でいちばんランクの高い概念が「天」なのです。・・・日本人が祀っているものはどう見ても「天」ではない。それは「神」だな。・・・カミはそれぞれ、どこかの氏族と特別なつながりがあるわけです。・・・たとえば、オオキミにとっては、アマテラスだろう。・・・オオキミの神は、別にみんなの神ではないんです。・・・それなのにオオキミは、ほかよりランクが高くて、全体を統括する。この仕組みは、脆弱だとも言えますね。(P72)

○頼朝はぜんぶ断って、下っ端のノンキャリアみたいなポストに就いた。だから京都にいる必要はない。・・・いちばん大事なのは、御家人。・・・彼らの「所領を安堵」するために、裁判所をまずつくった。これが画期的です。・・・それから、犯罪人の義経やその子分が日本中に隠れているかもしれないというので、惣追捕使にもなっている。惣追捕使とは、警察権を手にするということです。・・・幕府の実質的な優位は、この警察権のところで確保されているわけです・・・ついでに言うと、大ボスの頼朝が低い地位にとどまっているので、武士たちは、朝廷で高い地位に就けなくなった。朝廷が、武士を取り込む道も閉ざされているので。/以上が、鎌倉幕府の、本質ではないだろうか。(P224)

戦国大名の特徴は、自分の統治権が、伝統に基づかないこと。・・・領域内に対抗する他の武装勢力が存在しない。存在させない。それがまず第一です。・・・そして、域内のどんな農地からも税金を取る。それで最低限の公共サービスを行う。つまり、政府である。/日本史上初めて出現した事実上の政府ですね。(P264)

○空気は機能し、人びとの行動は空気に規定される。幕藩体制にこれに似たものを感じます。/この場合、空気に帰せられている判断は、徳川家(幕府)がずば抜けて強いということ。・・・しかし、その強さは、相対的なもので、絶対に勝てないかっていうとそうではなく・・・そんなことはどの大名もわかっているのです。しかし・・・誰もが空気を読んで、他の大名たちが皆「徳川家が強い」という想定で行動することを知っているので、・・・どうしても徳川家に刃向かうことができない。・・・誰もが徳川家が強いという前提で行動するから徳川家は強い(P328)

○イエは、本来は事業体です。・・・しばしば有能な側近がいて、実際の決定をしていたりする。そうやって、事業体として存続している事実が、イエの実質です。/だから、イエは、中心に無能な当主という空虚な部分を抱えている。・・・その空虚な中心を天皇に転用してみると、幕末の力学がみえてくる。それまではイエのシステムの中で、直接継承線のあるイエに対するロイヤリティが人びとをつなぎとめていた。空虚へと向かうそのロイヤリティの線を、空虚であるがゆえに、そのまま尊王思想へ持っていくことができた。実際に起きたのは、そういうことだったのではないか。(P386)

○当時の人びとが本当に追求したかったのは、なんとしても独立を全うすること。そのためには、戦争を覚悟すること。・・・攘夷というけど、戦争のことでしょ。・・・開国というのは、主権を全うすることでしょ。だから、これ、実は対立軸ではないんだ、と思う。・・・さて、大変に幸運なことにアメリカが、日本と条約を結んでくれた。・・・条約を結ぶとは、日本を、対等な主権国家として認めたということ。・・・要するに、日本を植民地にしたら承知しないぞ、とアメリカが国際社会に意思表示してくれた。・・・条約で、日本の独立が保障された。それなら、戦争をするまでもない。攘夷は必要なくなってしまった。ゆえに開国しても、なんの問題もない。(P396)