とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

赤いゾンビ、青いゾンビ

 川上弘美がウェブ平凡に連載している「東京日記」からの単行本化5作目。2013年2月から16年3月まで。「あとがき」に「半分くらいは、つくりごとなのですよね?」という質問に対して、たいがい、ほんとうのことなのです」と書かれている。いや、ホント、たいがい本当のことなんだと思う。幻想的だったり、妄想的だったりするけど、だからこそ小説家だし、だからこそ川上弘美らしい。

 それで、本書を読んでいると、川上弘美は1回離婚し、でも今も家人がいるから再婚しているらしい。そして旧姓は「ヤマダ」。すると、川上は現在の姓なのだろうか、それとも前夫の姓? それから句会に行っているらしい。へぇ、小説家でも趣味で句会に参加したりするんだ。それで調べてみたら、俳人の小澤實氏と再婚したようだ。小澤氏のWikiに門下として一番に川上弘美の名前が記されているのが興味深い。それから最近は英会話も習っているらしい。これは最新の東京日記の内容。

 こうして小説家の素顔がかいま見られるのもファンには嬉しい。最新作「ぼくの死体をよろしくたのむ」も楽しかった。ぼやっと、のんびりと、次の作品も期待したい。

 

東京日記5 赤いゾンビ、青いゾンビ。

東京日記5 赤いゾンビ、青いゾンビ。

 

 

○「そのピーターラビットのにします」/と言うかわりに、/「その、へんに人くさいウザギのにします」/と言ってしまう。/もしやこれは、自分の中にある、ピーターラビットへの無意識の屈折した愛憎の発露か!?/今後、ミッフィー・キティ・スヌーピー・某ランドのネズミ・くまモン等々に対する屈折をうっかり発露しないよう、厳重に注意することと、心に期する(P12)

○原稿が進まない。/なぜなら、頭の中に「しかるべき個室」という単語が充満しているからである。/いったい何なのだろう、「しかるべき個室」。/前ぶれもなしにその言葉は、頭の中に充満しはじめたものであり、このような現象はしばしば原稿が進まない時にあらわれる。非常に、困る。(P35)

○吹き出した「過去の記憶」のせいで、一晩中悪夢にうなされる。/とても小さくてかゆそうなものや、とても大きくて黒々としたものや、とても四角くてピカピカ光っているものや、とても柔らかくてくさいものなどが、入れ替わり立ち替わり、あらわれる。/寝不足で、ぼんやり。かかってきた電話に、「はい、ヤマダです」と答えてしまう。/ヤマダは、旧姓。ものすごく久しぶりに「ヤマダ」という名前を発音したので、ちょっとなつかしくて、「はい、ヤマダです」と、電話を切ってからも、何回か、こっそり言ってみる。ヤマダとして生きていた28年間の過去が、ふたたびゆらゆらとたちのぼってくる。/あう、と言って、あわてて仕事に戻る。(P95)

○夢を見る。/頭だけしかない人が、地面に立っている(頭だけなので、実際には地面にじかに頭が置いてあるようにみえる)。/「どうやって歩くんですか」/と聞くと、/「歩かん。用があったら、呼びつける」/と、いばられる。(P112)

○K田さまの摂理によりドラクエにはげんだ日々を静かに振り返る。/作られなかった食事。/なされなかった掃除。/迫り来る締め切りを前にまったく書かれていない原稿。/入られなかった風呂。/いいかげん、K田さんに責任を負ってもらうことをやめにしなさい、という良心の声は無視して、あらためてK田さまに感謝の祈りをささげる。/この堕落した日々は、なんて安らかだったことか……。/ありがとうごぜえやす、ありがとうごぜえやす。/どうかまた一年後くらいに、ぱったり道でK田さまにお会いできますように。あおして、また堕落の日々がわたくしにお与えくだされますように。父と子と聖霊の御名によりて、アーメン。(P125)