とんま天狗は雲の上

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安全基準はどのようにできてきたか

 建築物の耐震基準も次々に改正を重ね、木造住宅の耐震性も今や平成12年度以前の建物は安全ではないと言われる状況。だが、そもそも安全とは何なのか。毎回のように想定外の災害が言われる昨今、我々は様々な安全基準に対してどこまでの信頼を寄せればいいのか。もしくはどの程度のリスクを考えればいいのか。それは対象とする安全基準によって大きく異なる。本書では、航空機と運行システム、船舶と航海、消防力、治水、原子力発電、食品と毒物、医薬品と医療機器など、様々な分野の製品やシステムなどにおいて、いかに安全基準が定められてきたかをそれぞれの専門家が記述をしたものである。

 そもそもこうした分野ごとに専門家がいるということからしてびっくりなのだが、例えば建築物についても建築規制分野における専門家は確かにいる。それにしても、やはりというべきか、意外というべきか、分野ごとに安全基準の成り立ちはかなり異なる。航空機や船舶が保険を中心にその基準を整えていったのに対して、消防力は「消防8分」という目標を掲げて、それを達成するための方策について、技術力等の進歩も考慮しつつ、基準を整備していった。治水については確率的に基準が設定されていることは知っていたが、原子力発電までが確率的な基準設定になっていることには大きく不安を感じる。人類滅亡さえも確率で計算されるというのか。また、食品や医薬品等の基準にあたって、生産者側の理屈も踏まえた政治的な決定がされていることも暴露されている。

 そして最近の安全基準は、国がすべてを決定するのではなく、国は大きな目標を定め、結果を監視する方向になりつつある。それは建築の世界でも納得するところ。問題は国民やメディアがまだそうした基準設定について十分理解をしていない点ではないだろうか。そして何か問題が起きると途端に行政の責任を追及する。安全とは何か。どこまで自己責任を問うべきか。まずは現在の安全基準はどうなっているのか。どうやってできてきたのか。それを抑えようというのが本書の問題意識である。本当の問題はその次にあるのだと思う。

 

安全基準はどのようにできてきたか

安全基準はどのようにできてきたか

 

 

保険業界は、多かれ少なかれ盲目状態でリスクを背負わねばなりません。その結果、少ないリスクなのに不当に高い保険掛金が要求されることで、健全な航空企業家を落胆させ、逆に大きなリスクなのに不当に低い掛金が要求されることで、商用航空のよくない側面が助長されてしまっています。そのような状況は、商業航空と公共一般の利益になりません。もし保険業者にこのような情報が与えられるなら、結果的に健全なリスクに対するすべての保険掛金をすぐにかなりの額で引き下げることになりましょう。(P22)

○基本高水というのは本質的に確率論に根差した概念だが、これが日本の河川行政に導入されるのは一般には戦後のことで、それ以前は既往最大流量を計画の基準としていた。基本高水の導入は、当初は戦後の逼迫した財政事情のもと、費用便益分析によって河川事業の社会的コストを合理化する必要性から行われたものであったが、所得倍増計画のころから日本全国を対象とするマクロ経済的な視点が導入され、確率主義は、国家財政のマクロ経済的考量のもとに確立されることとなった。(P108)

○確率的安全評価はあらゆるリスクを配慮するための手法ではなく、安全よりも安心のための、または他の方法で確立されているとされる安全性を保証するための、あるいは原子力のリスクは他のリスクよりも低いと主張するための方途と看做されていたのであろう。(P161)

○適切な安全係数を決める合理的理論があるわけではないのだが、ヒトのデータがある場合は、個人差を加味して安全係数を10にしておくのが通例になっている(ヒト以外の動物のデータしかない場合、安全係数を100とするのがふつうである)。(P179)

○現在の安全基準には、このように、できるかぎり安全をはかるが、体質的に敏感な人や多食者・偏食者は各自の責任にまかせるという構えが窺えるのである。・・・1973年厚生省基準は、安全確保のための科学的計量を淡々とした結果ではけっしてなく、安全係数などによって調整されており、科学と政治がからみあった決定であったということ、そして、科学と政治がからみあった決定が純科学的であるかのような外観のもとで提示されたことである。(P202)

○従来のように、国が詳細に安全確保の技術基準を定め、それを決定するのでなく、国は達成すべき大きな目標だけを作成し、国とは独立した機関が、選択肢のある基準類を作成し、規制される事業者が自分に最適な基準を選択して、事業者の自己責任で安全確保を図ることを原則とする。国は商品が市場に出る前の従来の事前検査から、事後の検査をして市場の監視に重点を置くやり方である。(P267)