とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

火花

 又吉直樹の「火花」は芥川賞を受賞して、大ベストセラーとなった。芸人が書いたものなんて、というバカにした思いがあったわけではない。漫才師のことを書いた小説を読もうという気にはなれなかっただけだ。ベストセラーなんか読んでられるかという気持ちも少しはあったかな。

 読み始めたら、最初の数行が非常にしっかりしていてびっくりした。内容は、笑いに対して究極に純粋な先輩と、駆け出しのお笑い芸人との交流。しかし純粋すぎる先輩は、それゆえに身を持ち崩していく。そんな先輩を見ながら、結局は世間で受けてこその笑いなんだと考える。世間で受けなければ、笑いを表現する機会さえ与えられない。そして、最後は相方の結婚を機に、漫才師をやめた。サラ金から逃げて、それでも笑いの追求をやめられない先輩は、男のくせに、豊胸手術まで受けてしまう。まさに笑えない笑い。

 又吉自身はそれなりに受ける漫才師となり、またその知性も評価されて、教養番組のMCも持ついっぱしのタレントとなった。それでも、ここに来るまでに、この小説で表現したような、多くの芸人とその人間模様を見てきたのだなあと思う。「この長い月日をかけた無謀な挑戦によって、僕は自分の人生を得たのだと思う」(P130)。この最後の言葉がしみじみと胸を打つ。

 

火花 (文春文庫)

火花 (文春文庫)

 

 

○「平凡かどうかだけで判断すると、非凡アピール大会になり下がってしまわへんか? ほんで、反対に新しいものを端から否定すると、技術アピール大会になり下がってしまわへんか? ほんで両方を上手く混ぜてるものだけをよしとするとバランス大会になり下がってしまわへんか?・・・一つだけの基準を持って何かを測ろうとすると頭がくらんでまうねん。(P32)

○人を傷つける行為ってな、一瞬は溜飲が下がるねん。でも、一瞬だけやねん。そこに安住している間は、自分の状況にいいように変化することはないやん。・・・その間、ずっと自分が成長する機会を失い続けてると思うねん。可哀想やと思わへん? あいつ等、被害者やで。俺な、あれ、ゆっくりな自殺に見えるんねん。・・・だから、ちゃんと言うたらなあかんねん。・・・時間の無駄やでって。・・・面白くないからやめろって」(P96)

○神谷さんは、僕の面白いを体現してくれる人だった。神谷さんに憧れ、神谷さんの教えを守り・・・不純物の混ざっていない、純正の面白いでありたかった。・・・神谷さんが相手にしているのは世間ではない。いつか世間を振り向かせるかもしれない何かだ。・・・本当の地獄というのは、孤独の中ではなく、世間の中にこそある。神谷さんは、それを知らないのだ。僕の眼に世間が映る限り、そこから逃げるわけにはいかない。自分の理想を崩さず、世間の観念とも闘う。(P114)

○全ての芸人には自分の面白いと思うことがあるんですよ。でも、それを伝えなあかんから。そこの努力を怠ったら、自分の面白いと思うことがなかったことにされるから。」/「考え過ぎちゃうか、もっと気楽に好きなことやったらいいんちゃうか」/「趣味やったらね、趣味やったらそれでいいと思うんですよ。でも、漫才好きで続けたいなら、そこを怠ったらあかんでしょ」(P116)

○必要がないことを長い時間をかけてやり続けることは怖いだろう? 一度しかない人生において、結果が全くでないかもしれないことに挑戦するのは怖いだろう。・・・リスクだらけの舞台に立ち、常識を覆すことに全力で挑める者だけが漫才師になれるのだ。それがわかっただけでもよかった。この長い月日をかけた無謀な挑戦によって、僕は自分の人生を得たのだと思う。(P130)