とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

ゲバラ漂流 ポーラースター

 「ポーラースター」の続編。友人(ポーラースターではピュートル。実際はグラナドス)との南米旅行から戻ったゲバラは、医師免許を取得し、ペロン政権の徴兵から逃れるように、今度はボリビアからグアテマラまで、南米・中米を北上する旅に出る。ボリビアでアルゼンチン弁護士リカルド・ロホと出会い、共に旅を続ける。パナマで国家防衛隊米国学校に入学するというのはさすがに小説の中の出来事だが、コスタリカニカラグアを経由して、グアテマラへ到着する。そこでアルベンス政権の崩壊に立ち合い、アルゼンチン大使館に救助されてメキシコへ向かうまでを描いている。

 その間、現実にはあり得なかった多くの政治家、革命家などと出会う。本書の大半は、ボリビアからグアテマラまで、ロホやそれらの革命家等による各国の歴史と政治状況の説明に費やされる。一言で言えば、「つまり30年代の初頭には世界恐慌の影響で旧体制が揺らぎ、台頭した共産主義者が人民の支持を得、それを旧支配層と軍部が結託して独裁体制で潰した時代だったんですね」(P365)ということだが、実に多くの革命家等が現れ、消えていった。その説明を読んでいるだけでもクラクラする。そしてコスタリカ、さらにグアテマラで、キューバからの集団に出会う。そこにフィデル・カストロは含まれていないが、彼らとの出会いがこの後、ゲバラの運命を変えていく。

 そして同時に、最初の妻となるイルダと出会う。さすがにイルダの妹がユナイテッド・フルーツ社の重役の愛人だったというのもあり得ない設定だろうが、それでゲバラも何度かのアバンチュールを楽しむ。小説を豊かにするということだろうか。

 ということで、ゲバラの人生に忠実な伝記を望む人々には、またも噴飯物の内容かもしれないが、巻末に載せられた300冊近い参考文献を見ると、海堂氏がいかに南米の歴史、ゲバラの人生に共感し、傾倒したかがわかる。その上で、エンターテイメントな作品に仕上げている。今回は説明が多く、やや冗長な部分も多いが、南米の実態を知る上では仕方ないのだろう。次作も期待したい。

 

ゲバラ漂流 ポーラースター

ゲバラ漂流 ポーラースター

 

 

○戦争は国家の体力を削ります。勝者は敗者から戦費を引き出すため躍起になり、敗者の怨恨は次の紛争へ連鎖する、不毛な消耗戦なのです(P137)

マルクスが謳う『階級が消滅し民衆の自由な発意によるプロレタリアート独裁による人民政権』とは永遠にたどり着けない理想郷にすぎぬ。その点、アナキストは現実的だ。・・・アナキズムとは弱者と貧者が手にできる<マチュテ>(山刀)なのだ(P152)

○農地は太陽神<インティ>と<インカ>、そして<アイユ>の三者に所有されていて、共同で耕作した。貨幣はなく物々交換の『互酬』と租税の『再分配』で生産物は流通した。・・・それは『足るを知り、貴賤共に生きる』という<インカ>の精神そのものだからだ。その仕組みはモスクワの共産主義よりも先進的だ。インカの仕組みは共産主義ではなく、<共有主義>だ。(P163)

○「米国の支持を失なうと政権が倒れてしまうだなんて、中米諸国は米国の一州みたいですね」/ぼくが驚いてそう言うと、ファシリアノさんは苦笑して首を振る。/「いや、もっと格下さ。州知事国務省の意向では辞任しないからね。(P345)

○ユーゴと比べれば、中米なんて統一のための下地は完成しているようなものですね。それならなぜ中米は再統一できないんですか?」/「経済格差のせいです。ネックは豊かで安定したコスタリカで、ニカラグアエルサルバドルホンジュラスの貧民が流入してくるんじゃないかと恐れています。コスタリカは中米統一の障壁です。(P365)

○あの国は口ではカッコイイことを言うけど、恩着せがましい使命感の裏側にあるのは自己中心的な欲望だけ。東西冷戦だって、自らが生み出した経済格差の南北問題をイデオロギーの諍いにすり替えて、反米イコール共産主義という図式にしようとしているだけよ」(P402)