とんま天狗は雲の上

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競争社会の歩き方

 大竹文雄の本はこれまで、「格差と希望」「競争と公平感」を読んできた。「競争と公平感」が2010年の発行だから、7年ぶり。「あとがき」によればこの間、大学の理事・副学長を務めて大変だった由。加えて、NHK教育の「オイコノミア」も担当して、すっかり売れっ子経済学者になってしまった感がある。そして売れるだけの理由がある。

 「競争社会の歩き方」というタイトルからは競争社会を肯定するイメージがあるが、経済学的には、競争にはメリットがある。それをうまく引き出すことで、社会にイノベーションが生まれ、より豊かな生活が可能となる。本書では行動経済学的な分析や記述も多くあり、それが楽しいし、なるほどと思う。反競争的な教育が却って利己的・非協力的・非互恵的な人間を育ててしまうという研究紹介も興味深い。

 「エピローグ」では、2016年に発行された吉川洋著の「人口と日本経済」についての記述もあるが、イノベーションをうまく引き出すための経済学的な知恵と政策がこれからの時代、本当に必要になる。大竹氏には今後、日本の経済政策への提言と貢献も期待していきたい。

 

 

〇一般に、価格というのは、需要と供給で決まる。その時成立する価格というのは、売った人の中でもっとも売りたくない人がぎりぎり売ってもいいと思っていた価格であり、買った人の中でももっとも買いたくないと思っていた人が買ってもいいと思っていた価格なのである。ぎりぎり買うことを決めた人以外は、買い手が最大限出してもいいと思っていた価値よりも安い価格で買っているのだ。だから、売買という交換によって人々は得をするのだ。(P37)

〇実は、アメリカ、ドイツ、フランスの憲法には、納税が国民の義務だとは書かれていない。・・・アメリカ合衆国憲法・・・第一条第八節①に、「連邦議会は、合衆国の債務を弁済し、共同の防衛及び一般の福祉を提供するために、租税、関税、輸入税、消費税を賦課・徴収する権限を有する。」と規定されている。・・・納税は国民の義務と憲法で定められている国は、日本以外には、中国、韓国、ロシアがある。納税が国民の義務か、課税が国の権利か、というのはコインの裏表の関係のように思えるが、法制史的にも違いがあるというのは興味深い。(P45)

〇競争社会に生きている私たちは、ある分野の中の競争で淘汰されると、別の分野への挑戦を続けていく。仮に、ある分野で淘汰されてしまったとしても、その挑戦自体は社会の無駄ではない。勝ち残った人たちが社会により多く貢献するために不可欠な役割を果たしたのだから。そういう誇りをもって社会を生きていってほしい。これこそが著者[又吉直樹]が若者たちへ伝えたかったメッセージだ。経済学の一番重要なメッセージとも共通する。(P59)

〇反競争的な教育を受けた人たちは、利他性が低く、協力に否定的で、互恵的ではないが、やられたらやり返すという価値観をもつ傾向が高く、再分配政策にも否定的な可能性が高い。おそらく教育が意図したことと全く逆の結果になっているのではないだろうか。・・・反競争主義的で協力する心をもたらそうと考えた教育が、能力が同じという思想となって子供たちに伝わると、能力が同じなのだから、所得の低い人は怠けているからだという発想を植え付けることにつながった可能性がある。つまり、能力が同じなら、助け合う必要もない、所得再配分も必要がない、ということになってしまったのではないだろうか。(P143)

イノベーションが生じれば十分豊かになれるというのは真実だ。しかし、イノベーションを生むためには、社会の変化が必要だ。・・・人口が減れば思いつく人も減る。それを防ぐには、人的資本に今まで以上に投資して、イノベーションを起こす人を増やすか、世界中からイノベーティブな人を集めてくるか、イノベーションが生じやすい社会にする必要がある。・・・そのためには教育投資をしなければならない。・・・教育に投資して、イノベーションが生まれれば、私たちはもっと豊かになれる。(P217)