とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

口笛の上手な白雪姫

 八つの小編が収められた短編集。共通点は、いずれも幼い子供が主人公、かと思ったが、一つだけ、そうではない作品が入っていた。「仮名の作家」。好きな作家に同一化して、妄想の中をさまよう女性を描いた作品。もう一つ、タイトルの「口笛の上手な白雪姫」も、主人公は銭湯で赤ちゃんの一時預かりのようなサービスをしている女性が主人公。でもこちらは子どもが出てくるし。

 いずれも子供らしい(「仮名の作家」でも純粋な精神の中で)妄想や感覚が表現されている。吃音の少年の前に現れるローバ。刺繍の上手なお針子の女性との交流。「かわいそうなことリスト」のこと。不慮の死を遂げた息子を「レミゼラブル」の主役男性に見出した伯母。聖堂に刻まれた柱の彫刻に魅入られる少年。盲腸線に乗る曾祖父とひ孫の話。そして「口笛の上手な白雪姫」。それは現代の童話なのかもしれない。小川洋子が綴る現代の童話集。

 

口笛の上手な白雪姫

口笛の上手な白雪姫

 

 

○管歯目ツチブタ科に属するたった一つの種。先祖は不明。親戚のいない天涯孤独の動物。・・・バンガルトラと猫も、マウンテンゴリラと人間も、同じ幹から枝分かれした親戚同士だ。枝をたどってゆけば、何千年、何万年かかるかもしれないけれど必ずどこかで出会える。・・・どんなに似ても似つかない見た目をしていようが、神様が隠したホックでパチンとつながり合える。生きものたちは皆大きな一つの森なのだ。ただ一人、ツチブタだけを除いて。(P73)

○伯母はずっと泣いていたが、一度も涙を拭おうとしなかった。従兄が死んだ時、あとからあとからあふれ出て行き場を失くした涙が、今、ようやく新しい流れを見出したかのようだった。帰るべき場所へ帰ろうとしている“あの子”を、祝福するために涙だった。最後の一音が劇場の高みに響いてゆき、やがて遠くの一点に吸い込まれていった。(P114)

○その時、ひ孫はようやく気づいた。ウサギの毛が何と似ているか。/曾祖父の髭だった。曾祖父の髭に触れたことなどないはずなのに、きっとそうだ、間違いない、とウサギの目を見ながら思った。・・・お別れの時、彼は棺に横たわる曾祖父の髭を撫でた。そこに触れるのは、曾祖父の声を聞くのと同じだった。二人の秘密は全部そこに仕舞われていた。(P192)