とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

世界まちかど地政学☆

 「デフレの正体」で一躍有名になった藻谷氏だが、地域活性化に関する地元に根差した提言や講演には定評があるところ。「経済プレミア」を見ると「地域エコノミスト」と肩書がついている。「里山資本主義」も大きな評判になった。その後、「高校生からのマクロ・ミクロ経済入門」(http://abc60w.blog16.fc2.com/)のブログ主との訴訟騒ぎで少し世間を賑わしたが、しばらくその活躍の様子を知らなかった。

 本書は「経済プレミア」で連載している「藻谷浩介の世界『来た・見た・考えた』」から、2017年に掲載した記事を収録したもの。ネットの方は有料なので、こうして書籍化してもらって初めて、その存在を知った。大変面白い。

 ところでタイトルにある「地政学」って何だろう。Wikipediaを見ると「地理的な環境が国家に与える政治的、軍事的、経済的な影響を、巨視的な視点で研究するもの」と定義されている。最近、この言葉が付いた本も多く出版されているが、地政学会というのもないようだし、どこか胡散臭い。地理学の一分野と考えておくのがいいのかもしれない。本書で藻谷氏は、地政学について以下のように定義している。

○私のいう地政学とは何でしょうか。・・・歴史に照らし、「ある地理的条件の場所ではどういう人間活動のパターンが繰り返される傾向にあるのか」を発見する学問です。“アナロジー(類推)”を用いて、表層的な事象に縦横に串を刺し、背後にある“構造”を把握するのです。(P257)

 なるほど、その地域における地理と歴史から現状を捉え、将来を考える。その時に“アナロジー”を用いて“構造”を考えようという訳ですね。それを実践しているのが本書。そう思って読むとなるほど、単に各国・地域の紹介ではなく、なぜそういう現状があるのか、その地域の持つポテンシャルと将来への可能性などが大胆に綴られている。

 ポイントは、わずかな時間滞在して、その印象を中心に語ること。だからこそ見えてくるものもあるし、万一見当外れでも言い訳になる。だが、紹介された国々や地域は面白い。カリーニングラードというロシアの飛び地の存在なんて知らなかったし、アイルランドとイギリスの4地域の現状も面白い。アゼルバイジャンアルメニアジョージアコーカサス3国は改めて地図を見るまで、どこにあるのかわからなかった。ミャンマーの地理的ポテンシャルと将来的発展の可能性も説得力があるし、ラパスやパナマも面白そう。

 本書で筆者が一番伝えたいことは、巻末の「自著解説:21世紀の『ソフトパワー地政学』とは」に書かれている。戦争なんて農業社会でこそ有益な戦略だったが、今では全く経済的な利益をもたらさない政策手法になっている。今どき戦争をするのは、宗教的狂熱か、民族主義者か、自己権力の維持強化を狙う権力者くらいしかないと指摘する。地政学を気取って軍事論を唱える数多の評論家を批判し、あくまで経済的視点から地域を捉える筆者の地政学は「経済的地政学」と言えるかもしれない。でもそれって地理学の一つのような気もする。まあ、分類分けすることに意味はないのだけれど。

 久々に面白い本を読んだ。旅行記がなくても面白いけど、旅行記があった方がやっぱり面白いかな。続編の発行を期待したい。

 

世界まちかど地政学 90カ国弾丸旅行記

世界まちかど地政学 90カ国弾丸旅行記

 

 

北方四島は、歴史的にどうみても日本の固有の領土なのだが、それを言うならカリーニングラードもドイツ、あるいはリトアニアポーランドの固有の領土だったのである。・・・だからこそ、日本がいくら「固有の領土だけは返せ」と正論を掲げたとしても、ロシアが容易に応じるはずもないのである。・・・また仮に返還が行われても・・・現に島に住んでいるロシア人を追い出すことはできない。従って北方領土の返還とは、日本国籍を持たず居住権だけを持つロシア系住民を、日本国内に新たに多数抱えることだ。・・・その認識、その覚悟は国民一般にあるのだろうか。(P40)

第二次世界大戦は、化石燃料の産地や交通の要衝の争奪戦でした。ですが、化石燃料の出ない日本が戦後に大発展し・・・(た)現実をみてもわかる通り、資源は買えばいいのであって、それよりも平和を前提とした貿易システムの中で勝者にならねばならない。そのためには、資源地帯だの・・・を占領して経済制裁を受けては元も子もない。・・・21世紀のこうした歴史的、地政学的変化を、理解できていない人があまりに多すぎます。(P134)

ミャンマーの近隣には、4億人を超えるムスリム国家のマーケットがあるのであり、人権弾圧をやめてこれら諸国と融和することは、ミャンマーの輸出産業を発展させるためにはたいへん有益だ。・・・乏しさはしかし、改善すれば豊かさへのチャンスだ。・・・結局、インド世界と接するという地政学的位置は、発展とムスリム流入トレードオフを、ミャンマーにつきつけているわけだ。(P169)

○日本人は未だに、「人口集積は産業集積の結果だ」と勘違いをし・・・都会に集まりたがる。そうではなく21世紀の地球では、人口集積は個人消費の結果としても形成されるものなのだ。アメリカでいえば・・・ロスアンジェルス都市圏に、それに相応した産業機能はない。・・・だが、温暖な気候を好む富裕層が全米から集まることで、その消費が小売りや各種サービス業の生態系を作り、無数の付随的雇用を生み出している。(P219)○

○そもそも戦争が行われていたのは、人類の長い歴史の中ではごく短い時期にすぎない。農業社会の間だけでした。その当時だけは、戦争をしかけて他人の農地や収穫物を奪うことが得だったわけですが、今そんなことをしてもスマホ一つ買えません。・・・そんなことをするより、さっさとスマホメーカーを買収するのが早道です。・・・資源を加工し貿易をする工業力のあることが、20世紀後半には決定的に重要になりました。さらに21世紀には、工業国以上に、投資を集め消費を喚起できる国が有利になってきています。(P260)