とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

おやすみ、東京

 年末から年始にかけて、図書館ではいつもより貸出期間が長くなる。それでついつい数冊の本を借りたが、内容的に難しい本もあって、途中で挫折したもの、まだ悪戦苦闘中のものなどがある。その中にあって、これはきっとやさしく読めるだろうと期待して、後回しにしていた一冊。案の定、あっという間に読み終えた。でも、やさしいにもいろいろある。易しい。そして優しい。

 この本にも多くの登場人物がいるけれど、みんなどこか控えめで、最後の一歩をあきらめてしまう。そんな人ばかり。その一歩、その一かけら。それを埋めるのは、彼・彼女を取り囲む人たち、人のつながり。浩一とミツキは恋人同士で、ミツキの知り合いのタクシー運転手・松井と向かった先にいたのが冬木可奈子で、可奈子が請け負った仕事で出会ったのはモリイズミ。松井が乗せた男・名探偵シュロは映画館で冬木蓮と出会う。松井行きつけの食堂「よつかど」で調理をするアヤノがかつて開いていた店の常連だったシュロ。古道具屋を営むイバラギの店にはミツキやアヤノが足を運ぶ。アヤノの友人のハルカは映画女優を目指し、一緒に寮生活を送る栄子は冬木可奈子に電話をする。ミツキが務める映画会社の倉庫番をしていた前田が独立して開店したバーに、映画の撮影が終わった夜、栄子が訪れる。そして・・・いろいろあって、ミツキと浩一、松井と可奈子、と蓮がつながり、アヤナとシュロも近付く。でも(できれば、このままここにいいたいけれど)とつぶやいてもみた。

 そうして東京の夜は巡り、朝が来て、また夜になる。吉田篤弘らしい、ロマンティックな連作小説。

 

おやすみ、東京

おやすみ、東京

 

 

○でも、もしかすると、人はひとつのことを極めると、そこからあらゆるものにつながっていくのかもしれない。なにひとつ知らなくても、こうしてカラスがびわの在処を教えてくれるのだから―。(P26)

○松井にも、ささやかながら、さかのぼるべき記憶がある。いつかそのことに向き合うときが来るだろうとどこかで思っていたが、そう思いながらも、ひたすら夜の底を走りつづけ、どこへ行くかはお客様しだいで、目的地を自分で決めずにいるのは、自分の人生には、お誂え向きではないかと、いつからか納得していた。/何かから目を逸らすように走りつづけてきた-。(P72)

○同僚とも何度か話してきたが、東京という街は思いのほか狭いのである。/人と人がどんなふうにつながってゆくかは、さまざまな理由があり、その理由となる道筋やきっかけが、この街には無数にある。この街でこの仕事をしていて、いちばん感じるのはそれである。「偶然、出くわす」確率が圧倒的に高い。(P112)

○人間がつくったものは、壊れることで別のものに生まれ変わる―。/それが彼の持論だった。何らかの目的にしたがってつくられたもの……そうしたものは壊れたときに、ようやく人間に従事することから解放されて、はじめて自由になる。……自由になって、役割から解放された道具の本来の名前を考えること。それが自分の仕事になると僕は信じてきた。(P123)

○彼はパズルを完成させること―一枚の完成された絵をつくりあげることが自分の「次」ではないと考えた。……完成がこわくなって―でなければ、完成することが急につまらなくなって、その直前で足踏みをしてしまう。/(次か―)(できれば、このままここにいいたいけれど)(P260)