とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

東欧サッカークロニクル☆

 筆者の長束恭行氏は「フットボール批評」でも内実に詳しい東欧サッカー事情を寄稿している。長くクロアチアに住み、リトアニアで暮らす中で、東欧だけでなくヨーロッパの中小周辺国のサッカー実情について実に詳しく、わかりやすくレポートしている。

 本書で取り上げられた国は、クロアチアモルドバ(中でも沿ドニエストル共和国)、セルビア(中でもヴォイヴォディナ)、ラトビアジョージアボスニア・ヘルツェゴビナリトアニアスロベニアウクライナポーランドコソボエストニアアイスランドフィンランドギリシャキプロス

 フィンランドギリシャならともかく、場所はおろか、そんな国や土地があったのかと初めて知る名前も少なくない。モルドバですら、どこにあるのかとグーグルマップで探したが、沿ドニエストル共和国にいたっては全く知らなかった。モルドバの国家内国家として自立しつつ、かつ同国のサッカークラブ「シェリフ・ティラスポル」はモルドバ・リーグで戦い、CL予選にも参戦している。筆者はディナモ・ザグレブクロアチア)の悪名高いサポーター集団「BBB」の友人たちとともに、沿ドニエストル共和国に向かう。その珍道中も面白い。

 同様に国家として承認されず、対外試合のできない国としてコソボがあったが、2016年にFIFA加盟が認められ、W杯ロシア大会予選にも参加している。一方で、北キプロスは依然未承認のままだ。本書では北キプロスキプロスを分断するグリーンラインを警護するトルコ兵に話を聞く場面があるが、北キプロスの内情まではよくはわからない。その他にも、ポーランドのサポーター事情や、先日のW杯ロシア大会での躍進を想像させるアイスランドのレポートなども興味深い。

 それぞれの文章は「欧州フットボール批評」を始めとする専門誌やネットメディアなどに2010年から2015年の間に掲載されたもので(ボバンの飛び蹴り事件を検証した「『5・13』の検証と報告」だけは2002年のもの)、最後に「東欧行脚の背景にあったもの」でそれぞれの現状について報告をする。だが、コソボ以外はあまり変化もないようだ。本書を読んで改めて、サッカーと政治経済が不可分な関係にあることを実感する。だからこそサッカー本は止められない。久しぶりにサッカー本の楽しさを満喫した。ロシアW杯ではクロアチアの躍進もあって、筆者のレポートもよく発信されていた。筆者のさらなる活躍に期待したい

 

東欧サッカークロニクル

東欧サッカークロニクル

 

 

○「フーリガンは制裁されるべきだが、彼らが世論の一部で共感を得ているのは、サッカー界の泥沼と闘う唯一の存在として認められているからだ。モドリッチラキティッチには拍手を送れるが、シュケルとマミッチには送れない」……このように2人を糾弾していたイヴォ・ヨシポヴィッチ大統領が、2015年1月の大統領選で……敗北。故トゥジマンによって創設された右派政党HDZは、独立当初からサッカーを政治的に利用しており、シュケルもマミッチも同党の党員として密接に繋がっている。(P22)

○民族対立は凄惨な戦争を招き、わだかまりや緊張は戦後の今でも残っている。しかし、彼らは国外で一緒になると、民族間の憎しみなど忘れて深い親交を結ぶことが多い。……もちろん、国外で旧ユーゴスラビアの移民同士が反目し合う事例はあるが、基本的には言語が通じる同胞として親しくなることが多いようだ。(P129)

○「ガスタイベイテル」(外国人労働者)として戦前のユーゴスラビアを離れた者、90年代のボスニア紛争で難民として国外に逃れた者、その2世や3世がアウェイの地におけるボスニア・サポーターの中心だ。ムスリム人、セルビア人、クロアチア人の3民族による闘争に明け暮れたボスニアはいまだ経済的困難に喘いでいるが、遠く離れた祖国への愛情を結晶化する絶好の機会こそ代表のサポートなのだろう。そしてボスニア代表を応援するのは、もっぱらムスリム人ばかりだ。(P147)

○「サポーター達は交流のことを『協定』と呼ぶのよ。20世紀初めにポーランド各地にクラブが誕生した際、もっぱら警察か軍隊が母体になっていてね。同じ街にそれぞれのクラブがあれば常に対立していたそうよ。すると、今度は都市間を越えて警察のクラブ同士、軍隊のクラブ同士の支持者が仲良くなっていったんだって」……80年代のポーランドはレフ・ヴァウェンサ(ワレサ)率いる独立自主管理労働組合「連帯」が民主化を求めた時代だが、多くのサポーターが連帯を支持し、……サッカーとそのサポーターが彼の活動のネットワークになったことを認めている。(P194)