とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

常識的で何か問題でも?

 「あとがき」の冒頭に「最後の方の『政治の話』があまり面白くなかったといささかご不満だったのではないでしょうか」(P314)と書かれており、思わず首を肯いてしまった。それも偏に、安倍政権が代わらない故である。それは多くの国民が政治に対して徒労感・無力感を覚えるように安倍政権が政権運営をしてきたからである。彼らは「いかに自分たちの政権を長らえさせるか」をテーマに政治を執り行ってきた。その結果、構築されたシステムが「信賞必罰の格付け制度」だと指摘する。そして「現代日本人は厳密で客観的な格付けシステムに嗜癖している」という事実を過小評価していたと反省をしている。

 確かにそうかもしれない。自分を振り返っても、そういう傾向がないとはけっして言えない。ではどうすれば日本はこの国家的隘路から抜け出すことができるのだろうか。やはり外圧しかないのか。もしくは経済的パニック。確かにそうした破滅の時も徐々に近付いているような気もする。しかし一方で日本の社会的文化的基盤はかなり根強い。その基盤の上にこそ安倍独裁は乗っかっているようにも思える。これから先、日本はどうなってしまうのか。

 「常識的で何か問題でも?」というタイトルはわかりにくい。たぶん、本書に収められた各コラムについて、どれも「常識的に考えた結果、書かれたもの」という意味で付けたのだろう。しかしそこには、そこはかとなく大衆に対する卑下の感情が垣間見える。既に一般国民はあとがきで書かれた通り、筆者が思う以上に常識を失い、道徳的意識もなくなっているのだ。だとすれば内田氏には「何か問題でも?」と内向きに構えるのではなく、人々の常識を呼び覚まし、道徳的意識を叩き起こすことを期待したい。

 でも、本書を読む限り、リーダーとして立ち上がることは期待できない。内田氏は活動家ではなく、批評家に過ぎないのだから。だからこそ、これを読んで我々は今、どう行動すべきかを考えよう。もちろん私とて、リーダーでも活動家でもない。常識人ですらないかもしれない。それでもできることとはいったい何か。今の社会に違和感を持って生きること。今はそれしかないのだろうか。

 

 

○地方回帰する人々は日本がもう経済成長しないことを直感している。だが、現代日本の指導層の人々は誰一人「成長しない社会」を生き延びる術を教えてくれない。ならば、自力でこれからの「長い冬」を生き延びるしかない。その手だてを地方移住者たちは日本の豊かな山河に求めた。その直感を侮るべきではない。(P25)

○上位者が「こいつは敵だ、こいつを殺せ」と命じても、ルールはそれに従うことを命じても、つよい違和感があって身体が動かないということがある。それが道徳的意識の芽生えである。/アルベール・カミュはかつて『反抗的人間』の中でそのような「いやな感じ」のことを「反抗」と呼んだ。法律が命じても、国家権力が命じても、真理が命じても、あるいは神が命じても、「いやなものはいやだ」と抗命できる人間の直感のうちに道徳性の最初の、そして最後の拠点を求めた。(P83)

○「言論の自由」とは自分の言いたいことを言う自由のことではない。そうではなくて、異論が行き交う場、多様な政治的意見が共生しうる場に対する敬意のことである。/人々が情理を尽くしてそれぞれの自説の受け容れを粘り強く求めるならば、長期的には必ず「よりましな知見」が生き残るだろうという、場の審判力に対する信認のことである。……そして、人類をより「まとも」なものたらしめるのは例外的強者や例外的賢者の一時的なリーダーシップではなく、長い時間をかけて熟成する集団的叡智なのである。(P135)

○新疆ウイグルの漢族への反抗はこれまで、「少数民族ナショナリズム」という枠組みでとらえられてきた。……けれども、イスラーム国とカリフ制の出現によって中国でも事情は変わりつつある。……もし、ウイグルムスリムが……「カリフへの忠誠」を誓うとなると……中国は領土と国民を持った「疑似的な領邦国家」ではなく、グローバルスケールで広がる不定形な政治的流動体を相手にしなければならない。……中南海の目下の最大の関心事は南シナ海の領土問題よりもむしろイスラーム政策だろう。(P205)

○委員会での安倍首相の投げやりな答弁やせせら笑いは、彼が国会審議をできればせずに済ませたい不愉快な義務だと感じていることを国民に周知させた。/おかげで、日本国民は国会で何が起きようともそれに対して真剣な態度で臨むことに気後れを感じるようになった。……忘れている人が多いが、独裁と民主性は相性が良い。……立法府が見識と威信を失えば民主制は自動的に行政府独裁に移行する。議会が機能していないことを繰り返し誇示しているうちに、立憲民主主義は壊死するのだ。(P285)