とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

箱の中の天皇

 表題の作品と、もう一編「大津波のあと」を収録する。

 赤坂真理といえば「東京プリズン」。そして「愛と暴力の戦後とその後」も読んだ。前者は小説。後者は評論。いずれも現在の日本の状況を、戦後をうまく処理してこなかった結果として捉え、問題視している。表題の「箱の中の天皇」も同様に、天皇制を巡る小説。だがこんなに文芸的な作風だったかと最初少し戸惑った。

 水俣で生まれ育ったパーキンソン病患者との不思議な会話から始まり、母と泊まった横浜グランドホテルでの不思議な体験。老婆から渡された二つの箱。そして1946年にタイムスリップ。マッカーサーとの交渉。そこに天皇が現れる。2016年8月のお言葉。象徴としての天皇をどう理解し行動してきたか。そして退位の意向。

 「箱」は「象徴」を表わしている。でも何が入っているかは誰も知らない。「日本の歴史は天皇の利用の歴史だ」とマッカーサーが言う。箱の中身について、意志の統一が取れていない。しかし、箱が、天皇が象徴であるなら、それは国民の象徴であり、国民がその中身であるはずだ。箱を利用しようとする者ばかりで、中身を引き受ける者がいない。それが日本。天皇制の意味だ。箱は必要なのだろうか。しかし箱さえもなければ、それは国と言えない。西洋のキリスト教や民主制などの教義との比較も面白い。

 2作目の「大津波のあと」は東日本大震災福島第一原発事故の後、被災地であった少女との交流を描く。アフリカ系アメリカ人を父に持つ少女「ふたば」。父はフクイチで底辺労働者として働いていた。中秋の名月の夜。福島の川沿いを行くと、異形な者たちのパーティーに居合わせる。異形の者たち。小人たち巨人たち結合双生児たち。三本脚のカラス。そしてラジオから聞こえる「混じりなさい」の声。しかし彼らこそが本当の意味で助け合い、人間らしく生きてきた。「ふたば」は、本当は男だった。男も女もない。みんな混じりあって生きているのだ。

 

箱の中の天皇

箱の中の天皇

 

 

○「お前はおめでたいな。傀儡国家を持つというのが、超大国の夢だ。植民地と非難されることも一切なく、独立運動を起こされることもなく、言うなりになる国家……」「でも天皇がいる」「だから利用した。天皇こそが、人形だよ。……国民だって、天皇を利用してきた。日本の歴史はある意味、天皇の利用の歴史だ。天皇の利用の仕方を、ひとえに洗練させてきたのが日本史だ。わたしは、君たちの歴史に学んだだけだ。(P83)

イエス・キリストは無力な人でした。……しかし、ゆえにわたしたちは彼に思い入れます。無力さを、つつまず見せるほど強いことがありますか?……天皇のまなざしはいつでもやさしい。……キリスト教の教義とされる前のイエス・キリストに会ったとしたら、もしかしてこんなまなざしの人だったかもしれない。いつくしみ深き友なるイエスは。(P116)

○「教義」にあたるものの多くを「箱」のような「象徴」に負わせた天皇制のようなものは、「箱」の中に、無数の解釈をよびこむ。/箱は何でも入れる、寛容な容れ物に見えるけれど……何が入っているかを、説明できない。……寛容に平和に共存しているように見える箱の中身は、実は意志の統一がとれていない。/だから、非常時に、同胞がいちばんの敵となりうる。/だから……国と民を守るのが戦であるのに、戦のために死ねと言う。もともとは、その箱を自分で選んでいないという、被害者意識がある。それで誰もが責任逃れをする。最高責任者はといえば、中心にはもともと、誰もいない。(P120)

天皇が日本の象徴であり、国民の象徴であるなら、行動を問われているのは国民なのです。……国民の質が決まって、天皇の質が決まります。……象徴は、象徴するものが必要です。……国民は鏡です。国民を映す、鏡です。(P135)

○混じりなさい。すべてが一度混ぜ合わされたこの土地で。……混じりながら、あなたでありなさい。……津波を生き延びた人や、至近で原爆事故に遭った中に、不思議な話をする者たちがいた。……彼らの話に耳を傾けなさい。彼らはこの地球でのこれからの生き方を知っている。……元の群れからはぐれてみると、昔からそのように生きる人たちと出会った。……彼らはこの国を流れる底流。……異形の者たち。……異形というが、彼らは本当に人間らしい。助けあって暮らす。何かの理由で、ちがう世界と混じりあって生まれてきた人たちなのかもしれない。(P210)