とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

フィデル誕生

 キューバ革命を題材にしたシリーズ「ポーラースター」の第3部。革命家チェ・ゲバラを主人公とした第1部「ゲバラ覚醒」、第2部「ゲバラ漂流」に続く第3部は一転、フィデル・カストロが主人公だ。それも「1部 あるガルシア人の物語」は、カステロの父アンヘルの物語。アンヘルが幼少時、ウィストン・チャーチルや<青銅のタイタン>アントニオ・マセオ将軍と邂逅したという話はどこまで史実かわからないが、こうした父親の朴訥な農夫精神がカストロにも受け継がれているという設定になっている。

 「2部 ゆりかごの中の獅子」でいよいよカストロが誕生。サンチャゴで女教師の家に幽閉されていたという点などはある程度史実なのだろうが、人間味のあるカストロの描き方には筆者の熱い思いが伝わってくる。そしてサンチャゴ・ラサール小の寄宿舎に入ってからはカストロの英雄譚が始まる。ハバナベレン学院での弁論大会はフィデル・カストロ誕生の瞬間だった。その劇的な誕生に第4部への期待が高まる。というか、この話、第4部で終わるのか?と心配になる。

 第4部ではカストロゲバラが出合い、キューバ革命が進行していくのだろう。従来のゲバラ伝記等にはない海堂尊らしい小説が読めるかと思うと今からワクワクする。キューバアメリカの傀儡国家から如何に脱していったのか。それは今の日本にも十分に参考になるものだろう。第4部を楽しみにしたい。

 

フィデル誕生 ポーラースター3 (文春文庫)

フィデル誕生 ポーラースター3 (文春文庫)

 

 

○次の瞬間、フィデルは天に向かって吠えていた。/その声は闇を切り裂き、夜空に響きわたった。傷ついた<レオン>の咆哮が夜の闇に木霊した。/それは、生まれて初めて、フィデルが自分の運命に立ち向かった瞬間だった。/後世、多弁な弁護士にして政治家、革命指導者になる男の幼年時代は、沈黙の揺籃の中にあった。だがこの魂の雄叫びと共に、緘黙の時代は終焉を迎えた。/“おしゃべりフィデル”という後世のあだ名にふさわしい人生はこの夜から始まった。(P289)

○親米マチャドは横暴過ぎ国民の信を失い米国はセスペデスにすげ替えた。傀儡セスペデスは市民に反発されバチスタがクーデターでグラウに取り替えた。グラウは反米・反帝国主義的で米国が承認せず、再びバチスタがクーデターで親米傀儡メンディエタに取り替えたという流れだ。米国は若く誇り高く貪欲な国家で、キューバの経済的支配は譲らないが市民には正義の味方として尊敬されたい、とムシのいいことを考えていた。/こうして米国の利益代理人バチスタは、軍の力をバックにフィクサーになった。(P334)

○「シエラ・マエストラはキューバの守り神、トルキノ山はその王だ。……今もキューバが生き続けているのは、シエラがキューバを守り続けてくれたおかげだ。俺はこのシエラを守るように命じられたんだ」/「命じられたって、誰にだ?」と訊ねると、大男は荘厳な声で答えた。/「知らん。ある日突然、気づいたんだ。<ミシオン>ってヤツはそういうものだ」/何だか要領を得ない説明だったが、フィデルのこころにすとんと落ちた。使命とは、ある日突然気づくものなら、オイラはまだ自分の使命を知らないんだ、と思った。(P400)

ラテンアメリカは、ルーズベルトの善隣外交という生ぬるい政策にほだされ、米国に全面協力した。鉱物資源を安価で提供し、米国の意見に盲目的に賛同した。こうして中南米諸国は米国のイエスマンに成り下がったが、眼前の敵ファシズムの巨大さと邪悪さを前に、その行動は正当化された。そうしてラテンアメリカ諸国は戦火に脅かされず、戦争特需で潤い、束の間の平和と繁栄を享受したのだった。(P463)

○伝統ある『アベジャネーダ文芸協会』は本日を以て名称を変更し『アベジャネーダ雄弁会』とする。その目的はよりよい社会の実現を目指し、人々を<説得>することだ。君は演説の最後でオイラという言葉と決別した。僕たちも文芸協会という名称と決別し、君の覚悟に応えたい」/その言葉を聞いた時、フィデルはようやく自分の居場所を見つけたと思った。/自分の居場所とは探し求めるものではなく、自らの手で開墾した土地だ。/その時は気がつかなかったが、その生き方は父親ドン・アンヘルにそっくりだった。(P502)