とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

9条入門☆

 加藤典洋が亡くなった。まだ71歳。惜しい死と言える。本書が絶筆。「ひとまずのあとがき」に、安保改定から現在までの歴史については「次の本で書く」と書いてある。読めないことが残念だ。

 私が初めて加藤典洋を読んだのは「村上春樹は、むずかしい」からだから、わずか3年半の付き合いだ。その後に読んだ「敗者の想像力」で「これはもっと加藤典洋を読まなくては」と思った。その後、「戦後入門」を読み、その勢いで矢部宏冶などを読んだが、加藤典洋はなかなか手が出なかった。それでも「そのうちに」と思っているうちに亡くなってしまった。本当に残念。だがこれでもう加藤典洋の作品が増えることはない。今後は落ち着いて少しずつ読んでいこうかと思う。

 本書では、憲法9条がどうしてあの内容で、憲法に書き込まれることになったかを当時の文書などを元に追求していく。簡単に言えば、日本統治にあたって天皇の有用性に気付いたアメリカが、第1条とセットで書き込んだものだ。それも日本憲法は通常で言えばあれほど急ぐ必要はなかったはずが、対日交戦国11ヶ国で構成された極東委員会が本格的な活動を開始する前に、マッカーサーがわずかな間隙を盗んで原案の作成を命じ、公表された。そこにはマッカーサーの大統領になりたいという野望があった。

 また、なぜあの内容になったのか。「単なる戦争放棄」ではなく、「軍事力を一切持たない」「日本だけが世界に先駆けて実行する」特別の戦争放棄。それは、幣原首相とマッカーサーとの会談の中にあった。幣原首相は「単なる戦争放棄」を提案し、かつ理想形としての「特別の戦争放棄」を口にした途端、マッカーサーがそれを勝手にバージョンアップし、かさ上げしたのではないかと言う。そしてそのあまりに理想的な条文は、敗戦で打ちひしがれていた日本国民に、「国体」に代わるものとして熱狂的に受け入れられた。しかしそれは本当の意味で、自分たちで掴み取った平和の形ではないのではないか。そのことを最後に読者に投げかける。

 第2部は憲法発布後、マッカーサーが大統領予備選で敗れ、凋落する中、代わって台頭したダレスと日米安保体制が確立していく状況を描く。ここで筆者が指摘しているのは、アメリカへの日本属国化に昭和天皇が果たした役割についてだ。そのことを単に指摘するだけでなく、アメリカのおかげで命を救われた、一人でその負い目を背負わなければならなかった天皇の苦悩に焦点を当てて描く。このあたりに加藤氏の優しさと思索の深さを感じる。昭和天皇にとっては、日本国民のように理想主義的な平和主義に浮かれ、心の空白を埋めることはできなかった。逆に、その理想性ゆえにからっぽに見えたはず。それを筆者はリアリストであり「ニヒリズトである昭和天皇」と書く。今の日本に昭和天皇が果たした役割は大きい。しかも人間・昭和天皇として。

 さて、次に書かれたはずの本では、加藤氏は何を書くつもりだったのだろうか。もちろんそれはわからないが、本書の最後に「一番大切だったはずのその原初の問いは、結局正面から一度も問われることのないまま、事ここにいたっている」(P328)と書く。ここに至って今、我々はどう考え、どういう国を創ればいいのか。加藤氏はそこに向かって思索を進めていったに違いない。実に惜しい人を亡くした。

 

9条入門 (「戦後再発見」双書8)

9条入門 (「戦後再発見」双書8)

 

 

○徐々に、GHQアメリカ本国の大半の占領統治の実務者たちの目に……天皇と免罪と利用が必要だと映るようになってきましたが、それに伴い……憲法改正という課題がせりあがってくるのです。そこでは憲法改正が、天皇免罪のための決定打となります。そしてそのなかで、天皇の免罪が今後、世界の平和を脅かさないことの保障として……登場することになったのが、戦争放棄という憲法9条の規定だったのです。(P093)

○幣原は、「ただの戦争放棄」を口にし、もしそこから一歩踏み出し、「同時に軍事機構を一切もたない」態勢へと全世界が抜け出ていくことができたら、どんなにすばらしいだろうか、と自分の長年の夢を語り……それをマッカーサーが、幣原が「軍事機構を一切持たない」態勢に、日本だけが世界に先がけて一歩踏み出すと、といったとその発言をかさ上げし、脚色しているのです。……それを日本国民が熱狂的に支持したところから、いまに続く憲法9条の基本問題の一つがはじまった(P131)

○じっくりと理性的に考えをめぐらすのではなく、光り輝く高貴なもののために身を挺して「捨身」で事に当たる……。これは私たち日本国民につきまとう、最大の落とし穴といえるかもしれません。/マッカーサーが「大統領」という野望のために必要とした独自の理想主義的な平和主義の輝きが、日本国民に受け取られると、彼らの心の中で失われた「国体」の空虚を満たすようになります。/私は、そこに私たちにとっての憲法9条の出生の秘密、問題の核心が、顔を見せていると思っているのです。(P189)

○占領期の後期、天皇が誰も知らない苦悩のトンネルをへて、達した人間的境地が、どのようなものだったのか。……それは、異様なほどのリアリスト、狡猾な政治家といってよい昭和天皇の姿です。……冷徹な、自分本位の姿、国民に謝罪するというよりは国民を恐怖する姿、もっぱらアメリカを頼りとし、それにすがりつく姿が、そこからは垣間見られます。(P311)

○自分たちにとって、何が一番、大切なのか。/これからどうすることが、自分たちにとってほんとうに必要なのか。/……敗戦から74年間、私たち日本人が右にような、自分自身の内側から沸き起こる原初の問いかけを真正面から受け止め、まったくゼロの地点から時間をかけて安全保障の問題を考え直したことは、結局一度もなかったのではないか、ということです。……敗戦直後の混乱期にある日本人に向かって、/「君たちこそがいま、平和の使途として、世界の歴史の最先端に立つのだ」/と命じていたのは、じつは他国の軍人であるマッカーサーだったのです。(P327)