とんま天狗は雲の上

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宮迫らの心からの謝罪を受け入れ、吉本興業(株)のコンプライアンス問題への対応は注視し続ける。

 吉本問題はそろそろウヤムヤ終息の方向か。宮迫と田村亮の個人会見は、単に「すべてを吐露して、謝罪したい」というもの。だが、すべてを吐露したら、吉本興行(株)のコンプライアンスの問題が見えてきた。芸人に対するパワハラ問題と、反社との繋がりに関する疑惑。前者については、書面による契約を検討する方向に動いている。一方、後者については隠蔽を画策しているように見える。

 深刻なのは、吉本興業(株)の問題解決にあたり、最初に会見をした宮迫と田村亮に対する非難がされつつあること。反社との繋がりについて、宮迫らは「吉本への信頼が結果的に反社と繋がることになってしまった」と述べたが、それが吉本を守りたい側の芸人やマスコミらを強く刺激した。加えて、加藤浩次が「退社も辞さない」と言ったため、混乱に輪をかけた。

 しかしこれら一連の流れは、宮迫らの「個人」の問題と、吉本興業(株)の「組織」の問題とに切り分けて整理することが肝要だ。宮迫、田村亮、加藤らは一連の経緯の中で、吉本興行(株)への不信感を募らせたということであり、彼らが今後どう行動するかは、あくまで彼ら「個人」の決断による。彼らが去ることによる吉本興業(株)の損失も少なくないのかもしれないが、彼らにとってはまさに人生をかけた決断である。

 一方、吉本興業(株)をめぐる問題は「組織」の問題。中でも、「反社との繋がり」問題については、吉本興業(株)としては「イベント会社のスポンサーであり、当社も被害者」的なコメントを出しているけれど、同じ被害者だとしても、宮迫らの個人のレベルと組織での対応とでは話が違う。しかしそれが全く混同されて論じられていることに違和感を持つ。たぶん敢えて混同しているのだろうとは思うが。

 また、吉本興業(株)が宮迫に対して「契約解除の撤回を撤回する」と言っているが、契約というのは本来相互対等なものではないのか。吉本興業から一方的に契約を解除したり、またそれを撤回したりということが可能なのか。意味があるのか。そもそも契約書がなければ契約解除に関する規定もないのかもしれないが、上から目線でこれを言うことに、会社の姿勢を感じてしまう。

 そしてその組織を守ろうと宮迫らを批判する芸人たち。特に坂上忍松本人志ワイドナショーやバイキングがやけに吉本寄りだなあと思っていたら、フジテレビは吉本興業(株)の筆頭株主だった。岡本社長が宮迫らに「在京・在版各5社のテレビ局は株主だから」と言ったのはまさにこのこと。これらのワイドショーを見て、世の奥様方は何を思うのか。いや今どきワイドショーを見ているのは高齢者ばかりか。「寄らば大樹の陰」で生きてきた自らの人生を吉本興業(株)にすり寄る芸人になぞらえて安心するのだろうか。ちなみに私はすぐにチャンネルを変えた。