とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

欧州 旅するフットボール☆

 バルセロナに住み、ナンバーやサッカーダイジェストなどを中心に、世界のサッカーシーンを巡る記事を書いているライター。本書では週刊大衆ヴィーナス(知らないけど)の「酒と泪とフットボール」を中心に、各誌で執筆した記事を収めている。併せて、主要都市の簡単な紹介もある。スタジアムへの交通案内とか。

 面白い。そして楽しい。時に涙し、時に笑みがこぼれる。一編一編は短く、すぐに読み終えてしまうが、それぞれ内容は濃い。在住するバルセロナを皮切りに、スペイン、イタリア、イングランド、ドイツ、そしてポルトガルスコットランド、ロシアなどヨーロッパの国々。さらにブラジルやUAEなど。W杯の取材もあれば、世界の有名選手に対するインタビューで訪れた街もある。インタビューの内容自体はナンバーに掲載したもの以外は掲載されていないが、取材に当たり、その街で経験したこと、感じたことなどが思いのまま綴られている。

 世界でプレーする日本選手の取材も多い。残念ながらベルギーは川島がいた当時のリエージュ位だが、今はオランダやポルトガルでも多くの日本人選手がプレーしている。これらの選手の取材もしているだろうから、すぐにも第2巻が出版できるのではないか。双葉社からは無理かな。

 多くの記事の中では、中村俊輔の記憶を追いかけたグラスゴーの記事「レジェンドが生まれるところ」、そして本書のために書き下ろした「華の都と約束のユニフォーム」がよかった。後者は中田英寿を1年間取材したが、ついに一言も口をきいてくれなかったという話だ。カラブリアの友人と約束したバティストゥータのサイン入りユニフォームはまだきっと渡せていないだろうな。そもそもバティストゥータって今、どこにいるんだろう。

 本書を読むと、いかにサッカーが世界の国々で生活の中に溶け込んでいるかがわかる。スペインでも、イタリアでも、ドイツでも。もちろんイングランドスコットランドでも。もちろんこれらの国でも「サッカーなんて嫌い」という人もいるだろうが、筆者が訪れるバルやスタジアムはサッカー狂いばかりだ。でもビールが飲めなければ、サッカーライターは務まらない。

 「旅するフットボール」というタイトルだが、「恋するフットボール」と読み違えてしまう。まさにそんな内容だ。

 

欧州 旅するフットボール

欧州 旅するフットボール

 

 

バルサという世界一のクラブがある街で、エウロパは3番手としての地位と歴史を持っています。……昔リーガが設立されたときの10チームだったという誇りがある。……しかし栄光の時代は長くは続かなかった。エウロパが1部でプレーしたのはたった3シーズンである。……エウロパはその3年間の大事な記憶を、戦争が始まっても、フランコ独裁時代に突入しても、やがて世紀が変わっても、ずっと大事に温め続けてきた。(P16)

○現地でしか見ることのできない景色がある。/土地の酒を飲み交わす。それは高い言語の壁をひょいと簡単に越えてしまう。そこにはジェスチャーを交えた会話があるだろう。バルでの合唱に、なんなら深夜の抱擁までついてくる。知らない者同士が少しだけつながる瞬間。そんな風景を見るために、人は見知らぬ遠くの場所までサッカーを追いかけていくのだ。(P72)

○ピッチの上で見られた試合が世界最高だったのかどうかは分からない。……それでも、この試合を包み込む空気には、クラシコさえも持ち得ない重みがある。……試合後、ファンは選手に拍手さえ送った。宿敵相手の敗戦の悔しさすら押し流す大きな愛情が、アンフィールドには潜んでいる。/もはや同点にすることさえ難しくなった残り数分、スタンドには You’ll never walk alone の歌声が流れていた。/彼らは、本当にどこまでもついていくのだ。(P139)

○「あの頃、世界はファンタジスタであふれていた。ジダン、ベロン、バッジョデル・ピエロ。私は自分が10番としてプレーしながら、他の10番たちのプレーも楽しんでいたんだ。このポジションが特別なのは、他の10番に対する嫉妬やねたみがないということだ。ストライカーだったらそうはいかない。……誰もがそれぞれのスタイルで、時に相手をも魅了していた。自分たちは他とは違うんだという、10番同士の連帯感のようなものがあってね。(P213)

○残念だったね、でも頑張った。/最後まで戦った敗者に対して、世界はとても優しかった。/それでも、あるメキシコ人は言った。/「だけどな、ベスト8は甘くないんだよ。俺たちなんか、もう20年以上もベスト16止まりだ」……夜更けが近づいていた。通りのウクライナ料理店が賑わっていた。……ふと、ビーツがたっぷりと入ったルビー色のボルシチと大麦の黒パンが恋しくなった。(P266)