とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

変わったタイプ

 「変わったタイプ」というタイトルからは「変人」が多く登場するのかと思ったが、そうではなく、「タイプライター」。もっとも英語の「タイプ」には、書体や型といった意味もあるから、それらを含めてのタイトルだろう。

 とにかく、あのトム・ハンクスが書いたということはまず先入観念として頭から離れることはない。と言っても、私はトム・ハンクスの映画を数多く見てきたわけではないし、読みながら、トム・ハンクスってこんな小説を書く人だったのかと何度も思った。もっと渋いイメージがあったから。でも楽しい。中でもMダッシュとスティーブ・ウォンとアンナと僕の4人組の騒動がサイコー。<ホーム・デポ>で買った工具などで宇宙船を作って、月まで周回してくる。

 全部で17編の短編が収められているが、このうち4編は地方紙のコラム記事の体裁。これもウィットが富んでいる。けっして楽しく面白い話ばかりではないが、いかにもアメリカっぽい明るさに満ちている。たまにはこんな小説を読むのも悪くない。

 

変わったタイプ (新潮クレスト・ブックス)

変わったタイプ (新潮クレスト・ブックス)

 

 

○家の中にくすぶる争いは、野原を焼く火事のように、いつともなく発火と鎮火を繰り返した。…父は一家の長として、二つの仕事を―外で稼いで、内で宥めて―休む暇もなく果たさねばならなかった。…男と男が背中をたたいて抱き合い、「おれたちは仲間だぜ」と言いながら誕生日を記念する。どこの親父と息子にも、そういうことが必要だ。(P110)

○シャワーを浴びて、着替えもして、ホテルのビュッフェでカヌーの形をしたボウルからフルールサラダを掬おうとしていたら、ある女性の質問を受けた。さっき空から降ってきたものに乗ってらしたんですかと言う。そうです、と僕は答えた。月まで行ってきたんですよ。高々と飛んでから、つまらぬ地上のしがらみに帰還しました。アラン・ビーンみたいに。/「アラン・ビーンて、誰です?」女は言った。(P177)

○行末でベルが鳴り、そのチーンという音を聞いただけで―もう筆者は四次元の旅で過去へ飛ばされていた。ほんの一瞬の旅だったのかもしれないし、この49年のあらゆる一瞬をたどり直したのかもしれない……。/***/チーン! まず行った先は、父が営んでいた自動車部品の店だ。(P273)

○「いまはタイプライターを持ってる人なんていませんでしょう。あっても使えなかったりする。でも、タイプ文字の手紙って、なんか特別なんですよね。コンピューターで書いた手紙を持ってきて、タイプで打ち直してくれっていう人がいます。…彼女にプロポーズするんだそうで、もしタイプの手紙を書いて申し込んだら、いつまでも記憶に残るだろう、なんて―。そう言われたら、引き受けないわけにはいかないじゃありませんか。(P416)

○著者が描こうとしたのは、現実よりもいくぶんか理想化されて、それだけノスタルジアを帯びて…こうあってほしいと思うような仮想のアメリカなのだろう。現実に依拠しつつも、そのまま転写したのではなく、いくらか「変わった書体(タイプ)」でアメリカ人の型(タイプ)を書いた…。/だが、単純に…昔はよかったと言っているのではない。…仮想であるということには、現実への批判となる強さも、現実にならない悲しさもあるだろう。(P445)