とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

氷獄☆

 いよいよ桜宮サーガが再開した。3編の短編と1編の中編が収められているが、いずれも舞台は東城大附属病院。そしてあの田口医師や白鳥技官も登場する。

 1作目の「双生」は碧翠院の桜宮小百合とすみれの二人が医師になりたての頃、田口先生のもとで研修をしていたという設定。2作目の「星宿」はレティノブラストーマに罹患し、両目摘出の手術を受けた少年・牧村瑞人(たぶん)が登場する。如月翔子や城崎、猫田師長も。「ナイチンゲールの沈黙」をまた読みたくなる。そして3作目は「黎明」。こちらは「螺鈿迷宮」でテーマとなったホスピス医療について、東城大にホスピス棟が設置されたという設定で描かれる。今になってもホスピスに係る課題は何も変わらないということか。

 そして最後に収録されている作品が表題にもなっている「氷獄」。こちらでは「チーム・バチスタの栄光」で逮捕された氷室の国選弁護士として、新たな登場人物、日高正義を主人公に、「正義と司法」がテーマとされる。検察の暴走、そして医療と司法の闘い。この作品では「チーム・バチスタの栄光」はもちろん、医療事故をテーマとした「極北クレイマー」も関わってくる。

 最後に、死刑囚となった氷室は、東日本大震災の騒ぎの中、脱獄する。作品中では白磁のマスクをした女医も登場する。名乗らないが、西園寺さやかか? そしてキューバの英雄フェデル・カストロも。これらの登場人物は続編の存在を告げているのだろうか。

 下記に引用したように、随所に政権批判や検察批判の文章が登場する。小説という形なら政権批判の言葉も書くことができる。海堂尊が再び桜宮サーガに帰ってきたのは、こうした批判や不満を書くためだろうか。いずれにせよ、桜宮サーガが再び動き出す。海堂尊ファンにとってこれほどうれしいことはない。早くも次が待ち遠しい。

 

氷獄

氷獄

  • 作者:海堂 尊
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/07/31
  • メディア: 単行本
 

 

○お前の意味は周りの人間が決めることだ。お前にできるのは置かれた場所で精一杯輝き続けることだけだ。もし、お前が光るのをやめたならその時は、人々は別の星を見つけ出して、そこに新たな星座を描くだけだ…俺たちの人生ってヤツは、ほんの短い時間の輝きに過ぎないから、その間にどうしようが、宇宙からみれば何も違わない。だから好きにすればいいんだ」(P67)

○末期患者の希望を断ち切るのはホスピスの世界では正しい。でもそれは時間を掛けて患者、家族に納得してもらってから始めるべきです。だがそれは途方もない時間と労力が必要になり、現実的ではないのです…ホスピスは経済的にはペイしません(P126)

○未来の利益を先食いして現在の好景気を謳歌しようという、自己破産体質の政策を、三周遅れで採用した日本は、若者の未来の稼ぎを前借して米国に貢ぎ、自分のお友だちだけに大盤振る舞いすることで、見せかけの栄華を誇っている。…この国の、未来展望のなさにはつくづく絶望してしまう。(P134)

○あたしたちは正義なんて信じちゃいないのね。だって正義って体制によってコロコロ変わるんだもの…だから正義を信条にしたら、とんでもないことになりかねない。弁護は暴力から市民を守るため。検察は暴力装置そのもの。そして暴力から身を避けるのは小市民の知恵」(P155)

○司法は医療を支配しようとしています。もともと司法と医療は別物ですが、無関係には存在できない。どちらも人間社会における本質的な構成要素で、システムとして独立性は担保されています。でも狭い領域で重なり、互いの生存権をかけてぶつかり合っています。…現状に司法の濁りはあまりに酷い。社会正義の名の下に司法が守ろうとしているのはひとびとの幸福ではなく、自らのシステムの整合性と飽くなき拡張原理なんです」(P220)