とんま天狗は雲の上

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死刑囚メグミ

 石井光太の書いた小説はこれで4作目。本作品は貧困から覚醒剤の運び屋となり、マレーシアで死刑囚となった女性・メグミと彼女を救うために奔走する新聞記者らを描く。幼少期に父親を亡くし、准看護師となるも劇団員に騙されて借金を負うことになり、その返済をするために、水商売からさらに覚醒剤の運び屋となって逮捕された恵。その転落の要因には恵自身の内気で人優しい性格が仇となっている。

 同じく社長に騙されて裏稼業で働く看護師から、「そいつはあんたの金を毟るだけだから早く手を切りなさい」と言われる場面があるが、そのことは正論でも、結局その先輩看護師も騙されていた。何が正しく、何が間違っていたのか、その時にはわからない。自分の人生を振り返っても、結局、自分は運がよかっただけという気がする。どうあがいても好転しない、地獄に落とされたような日々。そんな境遇の下に生まれ落ち、もがき続けている人も実際多くいるのだろう。

 それでも彼女は、最後は人思いの性格、その優しさゆえに救われる。最後に、自分の子育てを悔いる養母に対して「駒子さんの人生は失敗なんかじゃありませんよ。…駒子さんの思いがつたわったからこそ、恵さんは純君をあんなふうに思いやれる女性になったんじゃないでしょうか。…すべての土台には、駒子さんの努力があったと僕は思っています」(P356)と言う場面が描かれているが、良い思いが最後は連鎖して良い形に収まる。

 もちろん人生はそんな単純で勧善懲悪なものではないのかもしれないが、だからと言って投げ出してどうなるものでもない。良き思い、良き愛情を一途に尽くし、我慢する。そんなことでしか、事態は結局、好転しないのだろう。考えてみれば、本書に登場する悪役の多比良社長もバブル崩壊から悪の道へ入り込んでいった。一方で、悪行に手を染めるトニーの恵に対する純愛から事件は解決の方向に進んでいく。その陰にはイラン・イラク戦争があり、バブル崩壊があり、アメリカの同時多発テロがある。今でも中東情勢はどう巡り巡って我々の人生を狂わせるかもわからない。

 人の人生は思うようにならないものだ。そしてそんな小説も数限りなくあるだろう。その一つとして本作品も、人生の無常さ、不条理さを描いている。現実に十分あり得そうなのが恐い。

 

死刑囚メグミ

死刑囚メグミ

  • 作者:石井光太
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2019/11/19
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

○「何を目標に、どうやって生きていけばいいかわかんなくなっちゃって……。中卒のHIVのオカマなんて誰も必要としてくれないじゃん。恋人はつくれないし、実家にだって帰れない。」「そ、そんなことない。私は必要としているよ」…「あんた、いつもやさしいね。そんなんだからだまされてばっかりなんだよ」(P109)

○イラン人男性が日本に来るようになったのは、イラン・イラク戦争が終わった1988年以降だった。…バブルの崩壊がすべてを変えたんだ。景気のいい時は外国人を労働力としてどんどん受け入れていたけど、バブル崩壊で不景気になった途端、日本企業は真っ先に彼らを切り捨てた。それによって、イラン人もフィリピン人も食っていくために、地下に潜って違法行為に手を染めるようになった。(P198)

○「今ふり返れば、小さい頃から僕は母さんに捨てられるんじゃないかってビクビクしてました。社長と結婚したら追い出されるにちがいないって。そんな時に出会ったのが恵お姉ちゃんだったんです。初めて僕のことを本気で心配して、手を差し伸べてくれる大人に出会った。それがあったから、僕はやってこられたんです」(P245)

○多比良たちの密輸の手法はこうだ。/まずイラン人たちが海外で覚醒剤を大量に仕入れる。次に…日本人女性に近づき、アルバイトや手伝いと嘘をついてそれらを国内へ密輸入させる。つまり、知らない間に運び屋にさせられているということだ。多比良は貿易会社の社長と名乗って女性たちと恋愛関係になり…女性は甘い言葉にだまされて、アルバイト仲間を集めるようになる。好江が多比良との結婚話に飛びつき、恵やあいりを仲間に引き込んだのと同じ手法だ。(P249)

○豊かな環境にあると、人は自分の力で生きているように勘違いします。でも、人はそんなに大きな力のあるものではありません。…みんな砂漠の風に吹き上げられる砂みたいなものなんじゃないかな…戦争、経済制裁、大統領の一言、そうしたことが強風となって吹きつけて、人の人生をまるで砂のように吹き飛ばしてしまう。そこで死んでしまう人もいるけど、生き残った人は吹き飛ばされた場所で必死に生きていかなければならない。(P307)