とんま天狗は雲の上

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行動経済学の使い方

 これまで大竹文雄の本は何冊か読んできて、わかりやすく面白いので、本書も期待して手に取った。行動経済学に関する本書では、第1章「行動経済学の基礎知識」で、プロスペクト理論や現在バイアス、社会的選好やヒューリスティックといった基本的な理論について説明をした後、第2章でナッジについて説明し、第3章以降、具体的な事例を紹介していく。

 その内容はわかりやすい。下で引用したように、「平均への回帰」はなるほどと思うし、男女差が文化や教育の産物という研究結果も興味深い。一方で、読み進めるにつれて、「行動経済学」と言うけれど、これのどこが「経済学」なのかと疑問に思った。行動心理学ではないのか? 第1章で説明された理論を導入したミクロ経済学とはいったいどんなものになるのか。人間の行動心理を踏まえた経済理論は提示されているのか。その点がわからない。

 また、もう一つ感じたのは、昨今の政府等によると思われる情報操作もナッジを利用したものかもしれないという疑念だ。最後に添えられた文献解題の中に、「ナッジの倫理的問題」という記述があった。本書には「ナッジを用いる場合は、その理由を明らかにするという透明性が重要である」と書かれているが、今の政府に透明性はあるのだろうか。軽減税率の方が定額給付金よりもはるかに「質の悪いバラマキ政策」だという指摘は興味深い。できることなら、この「ナッジの倫理的問題」について一冊、本を書いてほしい。「行動経済学の使い方」というタイトルだが、「悪い使い方」の事例についてもっと知りたいと思った。

 

行動経済学の使い方 (岩波新書)

行動経済学の使い方 (岩波新書)

 

 

○極端に平均から乖離した数字が出た後に現れる数字…は極端な数字よりも平均値に近くなる確率は常に高い。これが平均への回帰と呼ばれる統計的な性質である。…健康状況が…極端に悪化した後は平均的な状況に戻る可能性がもともと高い。悪化した時に民間療法によって治療した場合…健康状態が回復する可能性が高くなるので、民間療法が効果的だったと信じやすい。(P37)

○カシ族という母系的社会で競争選好の男女差を明らかにする経済実験が行われた。その結果、母系社会のカシ族では…女性の方が男性よりも競争が好きであるとこが明らかにされている。この結果から、競争に対する選考の男女差は、遺伝的というよりも、文化や教育によって形成されるのではないか、と研究者たちは推測している。(P117)

財務省の試算によれば、最も所得の低い階層が軽減税率で負担が減るのは年間8470円であるのに対し、所得が高い階層では1万9750円と、低所得の2倍以上も高所得層での恩恵が大きい。…2009年…一律1万2000円の定額を補助金として給付するという「定額給付金」政策が施行され…バラマキ政策として批判された。…定額給付金がバラマキ政策であるならば、軽減税率は定額給付金よりも質の悪いバラマキ政策である。(P175)

○計算能力が高くて情報を正しく用いて合理的意思決定ができる合理的経済人という人間観は、伝統的経済学のモデル上の設定である。そんな極端な人は現実にはほとんどいないが、そういう人間像を設定してもある程度世の中をうまく説明できる。しかし、個別の人間の行動を予測する上で有効な設定とは言えそうもない。…教育をして、正しい判断ができるようにすることは大事だが、わかっていてもできないのが人間だ。そうした人間の特性を考えた上で、世の中の仕組みを考えた方が私たちの満足度は上がるのではないだろうか。(P199)

行動経済学的バイアスでその行動が取れない場合に、ナッジを用いて理想的行動が取れるようにする際には、倫理的問題は小さい。しかし、人々がそのような行動を取りたいと思っていない場合やそのような行動を取るべきかどうかわからない場合に、ナッジによって行動を変容させることについては、倫理的な問題の可能性がある。…政府がナッジを用いる場合は、その理由を明らかにするという透明性が重要である。(文献解題P9)