とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

「アラブの春」の正体

 チュニジアジャスミン革命で始まった「アラブの春」はその後エジプトに飛び火し、さらにリビア、イエメンと広がって、現在はシリアで深刻な内戦状態が続いている。しかし、エジプトまではフェイスブックなどのソーシャルメディアが起こした民主革命として大きく取り上げられていたけれど、最近はすっかり報道されることが少なくなっている。この間、日本では3.11の東日本大震災があってそれどころではない状況ではあったが、先日のアルジェリアの人質事件の際にも、北アフリカやアラブの状況はメディアで報道されることはなかった。
 本書には昨年10月に発行されて以来、注目してきたが、なかなか図書館に納入されず、中小の書店でも見かけることが少なくなってしまった。先日偶然、某書店で見つけたので大急ぎで購入した。
 筆者の「重信」という姓に見覚えがあると思ったら、なんと、日本赤軍リーダーの重信房子の娘だという。レバノンで生まれ育って、10年ほど前に来日し国籍を取得。その後、アラブ関連のジャーナリストとして活躍しているそうだ。知らなかった。生まれ故に損したこと、得したことなどもあるのだろうが、希少なアラブ問題専門家として一層の活躍を期待したい。
 さて、「アラブの春」である。ジャスミン革命チュニジアの独裁的差別社会への反抗として発生し、ネット環境の支援を得て革命が成功した。しかし、その後は必ずしも自由な社会とはならず、イスラム原理主義政権になっている。
 一方、エジプトも政府弾圧や経済格差への不満が引き金になったが、その背後にはムバラク政権を操り、最後は見捨てたアメリカの影がちらほらする。結果的にチュニジア同様、ムスリム同胞団を支持基盤とする政権が誕生。リベラル派にとっては必ずしもよい結果とは言えないようだ。
 そしてこれらの国に続いたリビアカダフィ独裁政権が長かったが、国民の生活は必ずしも困窮していたわけではなく、東西内戦の趣きが強かった。そこに油を注ぎ、火を煽ったのが、実はアルジャジーラではないかと批判する。私は知らなかったが、アルジャジーラカタール政府が出資する放送局で、当然、カタールにとって不利な報道はしない。カタールリビア天然ガス資源で争う立場にあり、アルジャジーラの偏った報道がカダフィ打倒に向けて内戦を拡大し、国際世論を誘導してNATO空爆を惹き起こした大きな要因となっている。まさに「メディアによってねつ造された『アラブの春』」だったようだ。
 そしてシリアでもまさに同様の状況が起こっている。さらにシリアが悲惨なのは、国内の国民は望んでいないにも関わらず、国外在住シリア人や外国政府が介入して武器を輸出し、傭兵部隊を送り込み、内戦を作り出している点だ。現在のアサド大統領は10年ほど前に父の後を継いで、国民投票で選ばれた人物で、改革への意欲も強かったと言う。これらの事実は大手メディアはほとんど伝えていない。初期のデモに参加していた人たちは口を揃えてこう言う。「自分たちの運動がハイジャックされたような気分だ」と(P191)。
 確かにアラブの国々が抱える問題は様々であり、深刻でもある。しかし、住民自らが立ち上がって市民メディアから改革の炎を上げた後、それは大手商業メディアに絡み取られ、大国の政治に利用されてしまった。まさに「インターネットは諸刃の剣」だ。同時に筆者が本書で主張しているのは「アラブにはアラブの社会にあった民主主義がある」ということ。そしてそれはそのまま日本にも帰ってくる。「日本における市民社会はどうあるべきか」(P224)。「アラブの春」は我々に大きな勇気と大きな課題を示した。だが尻込みせず、勇気をもって歩を進めよう。そのことを筆者は最後に綴っている。

ムスリム同胞団はリアリスティックにものごとを考えるプラグマティストたちなのです。ハマスを含むムスリム同胞団イスラエルを認め、停戦状態であると考えているのです。人気取りのためにはイスラエルに対して批判的なことも発言しますが、基本的にはアメリカ、イスラエルの主張を容認しています。(P68)
カダフィたちは、アフリカを一つの連合体としてまとめ、欧米やアジア、中東に対して対等につきあえるようにしようと考えました。そして、その第一歩として、2010年に、金本位のディナールという地域通貨を作ることを発表しました。・・・しかし・・・普遍的な価値のある金を使うということになれば、アメリカやユーロ圏は大打撃を受けることになるでしょう。・・・そのタイミングで、リビアに「革命」が起こったのだとアフリカやアラブでは見られています。(P97)
カダフィ政権時代のリビアで行われていた直接民主主義が原始的に見えるのは、その基準を欧米の民主主義に置いているからであって、・・・「リビアに民主主義がなかった」と断じるのは一面的な見方でしかないと思います。・・・アラブでは、地域には地域のリーダーがいて、みんなの面倒を見る。そうした伝統的なコミュニティ中心の社会をつくってきました。そうした社会では、かならずしも欧米的な民主主義が必要ではなかったのかもしれません。・・・アラブ人は自分たちの社会に一番似合う民主主義を考え出す必要があるのではないでしょうか。(P105)
●内戦状態になって、いちばん被害を受けているのは言うまでもなくシリアの国民です。政府に対して人間としてあたりまえの要求をしたことが戦争をシリアに持ち込もうとしている人々に政治的に利用されてしまいました。その結果、内戦になり、大勢の人が殺されています。加えて、報道が偏っているため、シリアへの軍事介入を許す状況が作られてしまっています。(P196)
チュニジア、エジプトでは民衆の生の声を伝え、メディアがフォローしきれない情報を世界に伝えることができましたが、リビア内戦以降は、デマやねつ造がまかり通り、むしろ内戦をあおることに利用されました。今回の「アラブの春」では、インターネットが諸刃の剣だということがよくわかりました。(P220)