とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

津波の墓標

 石井光太「遺体」は衝撃的だった。読んだ時は、筆者は釜石で定点観測をしていたのだと思った。だが違った。東京の自宅で震災の揺れを体験した後、クルマで被災地へ向かった。最初に辿り着いたのは名取市だった。そして亘理町と山元町を手始めに宮城県から岩手県にかけての沿岸部を取材して回っていたのだ。
 「遺体」は筆者にとっても代表となる作品だ。だが、その後、記事にしなかった、できなかった出来事を頻繁に思い出すようになったと言う。筆者が経験した被災地での出来事を時間を追って、さまざまな視点から綴っていく。それは先日の2周年で報じられた下切り型の報道とは違って、読者の胸に響いてくる。そこにはいくつものドラマがあり、真実がある。そこには醜いこともあれば、心を締めつけることも。
 第一話と第二話は被災直後の壊滅した街と呆然とし錯乱する人々。喧嘩、交通事故、窃盗。第三話は死を受け入れようともがく人々の姿。第四話「避難者たち」は避難所の生活を描く。1週間も入浴せず、身体の臭いを恥じる若い女性。ボランティアへのセクハラ。苛立ち。家出。
 第五話ではマスメディアを描写。被災者に無神経にカメラやマイクを向ける記者を批判するだけではなく、「上」からの求めや命令に応え、心を封印して取材する現場の若い記者たちの苦悩も描いている。こうした報道や記事は初めて読んだ。現地取材した記者たちも今、PTSDに悩まされているのかもしれない。いや、本書も筆者の取材からの癒しを求める思いから生まれたと言える。
 第六話は遺体を探し続ける人々。それは心を癒す旅路だ。そして第七話は避難所から仮設住宅へ移転しつつある時期に発生しだした家族間のトラブルを描き出す。被災時の行動が疑心暗鬼を生み、親子間の喧嘩や離婚などに発展する。これも震災が生んだ悲しいドラマの一つだ。第八話は1年を経過して精神を病める人、自殺、乗り越えようとする人。そして最後の第九話はDNA鑑定や土葬後を追う。身元不明者を弔う僧侶など。
 これらが現実だ。これが全てではないが、テレビなどが伝えない現実がそこにはある。そして確かにそうだろうと思う。泣き、喚き、怒り、錯乱し、慰め、癒し、言い聞かせる。それが現実だ。こうしたことをこそ聞きたいと思っていた。「遺体」に続いての第一級のルポルタージュだ。

津波の墓標

津波の墓標

●避難所で、ある男がばあちゃんを亡くして悲しんでいる娘にこう叱ったことがあった。『ばあちゃんのことばかり言うな。もう死んだんだ。いくら悲しんでも生き返らない。・・・少しぐらい辛抱しろ』って。俺はそれを聞いて、ああ、ここでは肉親の死を嘆くことさえ許さないんだな、って悲しくなったよ」/その場にいた者たちは静かにうなずいた。多かれ少なかれ同じような体験をしていたのだろう。(P89)
●会社は被災地の現実をまったくわかっていないから勝手な指示ばかり出す。現地にいる俺たちは現実と指示との板ばさみになる。・・・『ハッピーな話を持ってこい』と命じられればそうするしかないし、『死体の顔写真を撮れ』と言われれば撮るしかない」/メディアの構造に問題があるのだろう。・・・だが、・・・こういう時だからこそ、従来とは異なる方法でより被災者の現状をつたえる報道をする必要があるし、それが求められているのではないか。(P144)
●震災から日が経つにつれ、被災地の中にも少しずつ津波の悲劇を受け入れて、前に向って歩き出そうという気運が高まってきた。だが、遺された者たちが一斉に同じ方向を向いて前進できるわけではない。何週間経ってもどこかで生きているのではないかと希望を抱きつづけなければならない人だっている。現に、この年老いた妻は、孫だけは助かっているはずだと考えて、自分を奮い立たせているのだ。・・・すぐに立ち直る必要なんてなくていい。彼女なりのペースで残された人生を過ごしていってほしい。(P173)