とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

なめらかで熱くて甘苦しくて

 一言で言えば「女性の身体性」がテーマか。解説文ではもっとセクシーな小説かと思ったが、確かに性的な感覚は描かれているが、それはあくまで身体性としての「性」であって、性的な描写を意図しているわけではない。
 全部で5編。2008年から9年にかけて「新潮」に書かれた「aqua」「terra」「aer」「ignis」の4編と、12年に書かれた1編「mundus」。ちなみに「ignis」は火で「水・地・空・火」。「mundus」は「世界」。
 少女同士の交友。学生同士の恋愛と死。子供の妊娠と誕生、成長。初老の事実婚カップル。そして最後の「mundus」は子供と「それ」との交流。「それ」とは何か? 壮年の男性のようだが実体はわからない。
 4編の中では「aer」が一番好き。子供を宿し育てる女性の身体の深奥から立ち上る如何ともしがたい感情が川上弘美らしいふわっとした不思議な文体で描かれている。つわりや出産時、授乳時など男性には計り知れない感情と感覚。
 「なめらかで熱くて甘苦しくて」という思わせぶりなタイトルは「mundus」で子供と「それ」が一体化する時の感覚。不思議で魅力的で川上弘美らしい短編集だ。

なめらかで熱くて甘苦しくて

なめらかで熱くて甘苦しくて

●みにくいって思う人がみにくい。だからわたしはあの人たちのことをみにくいって思うことはやめにしよう。真面目に、水面は思った。偽善的になるのはいやだったけれど、正当ではありたかった。今この社宅の中で正当なのは自分一人だけであるような気がした。世界は大きくてあたしたちは小さすぎる。(P43)
●まだわたしは自分の体をつかまえることができていない。先へと行ってしまう体。こんなにもからっぽなのは、わたしが体に追いつけないからなのか。あなたといる時だけわたしの体はみちている。気持ちが一点にあつまる。その一点からみたされてゆくわたしの体。(P80)
●体がコドモを拒否していた。頭はコドモを拒否していないのに体は拒否するのかと思った。でもほんとにコドモを受け入れてるのか頭は。ただの「私」を騙るものが、「私」はコドモをよろこびに満ちて受け入れるのよ〜、コドモはかわいいものなのよ〜オ〜ソ〜レミオ〜〜という「ふり」をしてるだけなんじゃないか。(P101)